人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

「作戦は成功したんだな」
優子が振り向くと、そこには正装姿の薊がいる。
「薊さん。姿がないので、来ないのかと思いましたよ」
「仕事を片付けてたんだ」
言いながら、薊は素手で料理を掴んで食べる。
「お行儀が悪いですよ。それでも旧家のご当主ですか」
「堅苦しいのは嫌いなんだよ。この服も早く脱ぎたい」
そう言い、苦い顔をしてネクタイを緩める薊。そんな薊に、優子はため息混じりに肩を落とすと、お皿と箸を取って薊に渡す。薊は礼を言いお皿を受け取ると、料理を取っていく。
「青紫、楽しそうじゃねーか」
薊の視線を追うと、そこには一縷と話す青紫がいる。青紫の表情は穏やかだ。
「久しぶりにお祖父様に会えて、嬉しいのでしょう」
「まあ、なんだかんだ言って、あいつもこの家に戻ってこられたのは、よかったんじゃねーの」
お腹が空いていたのか、箸を止めず料理を食べ進める薊。優子は一縷と談笑する青紫を見つめる。
(本当に、そうね)
心から笑っている様子の青紫に、優子はほっとした。
「優子さん」
優子の前に、笑みを浮かべた美月が立つ。
「美月さん」
「さっきはバタバタだったから、改めて話がしたくて」
「お気遣いありがとうございます。遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。優子さんにも祝ってもらえるなんて、今日は本当に良い日だな」
そう言い、美月はにっこりと笑うと、優子の隣にいる薊に気づく。
「薊さん、来てくださったんですね」
薊は口の中に詰め込んでいた物を飲み込む。
「ああ……誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
そう言うと、薊はお皿と箸を手にしたまま、そそくさと背を向けどこかへ行こうとしてしまう。優子はすかさず薊の腕を掴んだ。
「二人にしないでくださいよ」
「なんだお前、人見知りするタイプだったのか」
「そういうわけではないですけど……」
美月を前にすると、落ち着かなくなってしまう。理由は、分からないが。
「いいではありませんか、少しくらい居てくれても」
「嫌だね、お前の護衛は夜会の時に懲りた」
本気で嫌な顔をする薊に、優子は仕方がなく薊の腕を離す。少ししゅんとした様子の優子に、薊は申し訳なくなったのか、バツの悪そうな顔をすると、そっと優子に耳打ちをする。
「……俺、あいつ苦手なんだよ」
「あいつって、美月さんのことですか? どうして?」
「なんていうか、いつも笑顔で、腹の中じゃ何考えてるのか分かんねー感じがして。青紫の弟だから、大目にみてるが……」
後ろを向き、美月を一瞥する優子。声を顰めて話す優子と薊を、美月は笑みを浮かべ見ている。確かに、いつもニコニコしてる感じの人みたいだけど、それが嘘のようには見えないし、こんな可愛らしい人が、薊の言っているような人には思えない。
「どうしても二人が嫌なら、青紫にでも一緒にいてもらえばいいだろ」
「あっ、薊さん……!」
そう言うと、薊はどこかに行ってしまう。優子はポツーンとその場に取り残される。
「話は終わった?」
「えっと……はい……」
優子が遠慮気味にそう答えると、美月は優子の横に回り込み、自分の両腕で優子の腕をぎゅっと掴む。
「ねぇ、せっかくだから少し散歩しない? 優子さんから兄さんの話が聞きたい」
優子の返答を待つ間もなく、美月は優子の腕を引き、庭園から離れていく。どこに連れて行かれるのかと思っていると、美月は橋に向かって歩く。
「優子さん、歳はいくつ?」
「十八です」
「えっ、同じ年だ! じゃあ、僕のことは美月って呼んで」
「ですが……」
まだ知り合って間もないし、次の頭首になるような人を、そんな気安く呼ぶことはできない。困った様子の優子に、美月は優子から腕を離すと、前に回り込み、両手を合わせる。
「お願い! 同じ年の人なんて滅多にいないんだ。僕、祓い屋の家業を継ぐために学校にも通ってないから、友達だって言える人もいなし……。僕たちは家族だけど、友達みたいに気軽な関係でいたい」
迷う優子だったが、懇願の眼差しを向けてくる美月に勝てず、折れる。
「私でよければ」
「ありがとう優子!」
優子のその言葉に、美月は、心から嬉しそうな笑みを見せると、優子に抱きついた。
体を離すと、美月は腕を後ろで組みながら機嫌良さげに橋まで歩く。
「ねぇ、二人はどうやって出会ったの?」
橋に両腕をかけ、美月は心躍らせた様子で優子に聞く。優子は恥ずかしがりながらも、青紫との馴れ初めを話した。
「へーじゃあ、優子からしたら、兄さんはヒーローみたいなものだね!
「そ、そうね……」
青紫が火事の中から優子を助けたことを知ると、美月は子供のように目をキラキラと輝かせていた。
「兄さんって、昔からそうなんだよね。正義感が強くて、努力家、その上一人でなんでもできちゃう天才肌」
「確かに、青紫さんは一人でなんでもできる人だけど。時々、私を頼って甘えてくれることもあるの」
優子を気遣うその姿勢は今も変わらないが、なんでも一人で抱え込まず、優子を頼ることもある。今はこうして、実家にまで連れてきてくれた。互いを補え合える。そんな夫婦に、少しはなれてきている気がするのだ。
「へー……兄さんは、優子さんを信頼しているんだね」
「信頼……」
(そうだったら、いいな)
「……僕の助けなんて、必要としたことないのにな」
そう言った美月の顔に、影が差す。
(美月……?)
優子が伺うように美月を見ていると、美月はパッと顔を上げ、、笑顔を見せる。
「なんでも一人で抱え込んでしまうような人だから、優子のような人が側にいてくれて、僕も安心だよ!」
美月は優子の両手を握る。
「兄さんと結婚してくれて、ありがとう」
にっこりとした笑みを浮かべる美月。だが、その笑みとは裏腹に、両手は震えていた。一瞬だけ垣間見えたあの表情は、気のせいなのだろうか。
「優子さん」
その声にハッとして振り向くと、いつの間にか、青紫が後ろに立っている。
「青紫さん……!」
青紫に気づいた優子は美月から離れ、青紫の元へ行く。
「ここにいらしたんですね。姿が見えないので、心配しました」
「すいません」
一言、声をかけるべきだった。
「ごめん兄さん、僕が彼女をここへ連れてきたんだ。二人で話がしたくて。ね、優子」
「ええ……」
美月は親密そうに後ろから優子の肩に片手を置く。青紫はその片手に視線を向けると、笑みを浮かべ美月を見る。
「そうでしたか。お祖父様からお話があるそうなので、戻りましょう」
「はーい」
返事をすると、美月は先に歩き出す。優子もその後を追う。青紫は浮かない表情で少しの間、立ち尽くすと、二人の後に続いた。