人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

格式高い門構えに、優子は思わず気迫負けしそうになる。
これは、なんというか、すごい迫力だ。
名門一族とは知っていたが、ここまで風格のある屋敷に住んでいたとは。
隣に立つ青紫は、少し強張った表情をしているように見える。
(緊張、している……?)
優子はそっと、青紫の手を握る。青紫が優子を見ると、優子は微笑む。その笑みに、青紫は安心したような笑みを浮かべると、優子の手をぎゅっと握り返す。
大きな門が音を立て開かれる。門の中に、スーツを着た若い男性が立っていた。
「お待ちしておりました。青紫様、優子様」
スーツの男は丁寧に腰を折り曲げ、優子たちに向かって一礼する。
「彼は鶴岡といい、頭首の側近をしている者です」
会釈をする鶴岡に、優子も会釈を返す。
「どうぞこちらへ」
鶴岡の案内で、優子と青紫は敷地に足を踏み入れる。屋敷の敷地には和の庭園が広がっていて、紅葉が辺りを彩る。中は想像以上に広く、これは公爵家の家と同等なくらい立派な屋敷なのではないかと思う。
門から屋敷までは距離があり、優子は青紫に手を引かれながら歩いた。何匹もの鯉が泳ぐ大きな池の上には、赤い橋がかけられている。橋を渡ると、屋敷内に入った。
連絡通路を歩いていると、後ろからドタバタと誰かが走ってくる音がする。
「青紫兄さん……!」
背の高い少年が、後ろから青紫に抱きつき、二人の手が離れる。
「美月……?」
驚いた青紫は首だけ後ろを振り向かせると言う。
美月……ということは、この人が青紫の弟。
「会いたかったよ兄さん!」
美月は愛らしい笑みを浮かべながら、青紫に抱きついている。体ごと振り向かせた青紫は、少し困惑したように美月を見る。
「美月……本当に美月なのですか?」
思わず確認してしまう青紫。無理もない、青紫の記憶の中の美月はまだ子供だた。目の前にいる美月は背も伸び、スラリとした細身だが、その体は引きしまっている。
「そうだよ」
大人っぽい見た目とは相まって、青紫に幼い笑みを浮かべる美月。
「……驚きました。背もすっかり伸びて」
二人の身長は、ほぼ同じだ。
「兄さんの弟だからかな。背はぐんぐん伸びたよ」
「美月様、廊下を走るのは危ないです。おやめください」
鶴岡の指摘に、美月は手を後ろで組むと、照れ臭い笑みを浮かべる。
「ごめんごめん、兄さんが来てるって聞いて嬉しくて。招待状は欠席だったから」
そう言うと、美月は優子を見て目を丸くする。
「ねぇ、もしかして、この人が兄さんの奥さん?」
「ええ、あなたにも紹介します。私の妻の優子さんです」
青紫の紹介を受け、優子と美月は見合う。
「はじめまして、優子と申します」
「はじめまして、弟の美月です。会えて嬉しいです」
笑顔で片手を出され、優子は美月の手を握り握手をする。
線の細い、繊細な顔立ちをしている美月は、雰囲気のある美形という感じだ。
「美月様、そろそろお着替えを」
「あ、そうだね」
美月は部屋着姿の自分を見て、思い出したかのように言う。
「じゃあ、兄さんまたあとで! 優子さんも!」
美月は笑顔で青紫と優子に手を振り去っていく。台風のように登場した美月が去ると、青紫と優子は一段落だと胸を撫で下ろす。
連絡通路を抜けると、屋敷の一角にある部屋の前で、鶴岡の足は止まる。襖の前に跪くと、頭を垂れ下げた。
「頭首、お見えになりました」
「入りなさい」
中から聞こえた一縷の声に、鶴岡は襖を開ける。青紫と優子が部屋の中に入ると、鶴岡は襖を閉じ、外で待機する。
「久しぶりだね、青紫」
小柄で白髪のお爺さんが、座布団の上にあぐらをかき座ってる。膝の上には、首元に鈴をつけた、キャラメル色の猫がいる。
「お久しぶりでございます、お祖父様」
一縷は青紫に向かって頷くと、優子に目を向ける。
「優子さんも、元気だったかい?」
「……え?」
思いもよらぬ一縷の言葉に、優子は拍子抜けしたようになる。一縷のその言い方は、まるでどこかで会ったことあるかのようだ。一縷は優子に優しく微笑む。その姿に、優子はハッとする。
「あの時のお爺さん……!」
「思い出してくれたかな」
優子と一縷に、首を傾げる青紫。
「二人は、知り合いなのですか?」
「以前、多江さんと帝都に行った時に、お会いしたんです」
「転んでしまった私を、優子さんが助けてくれたんだよ。あの時はありがとうね」
「いえ……」
なんて偶然なのだろうか。あの時、助けたお爺さんが、青紫のお祖父様だったとは。
「立ち話もなんだから座って。二人と話がしたくて、パーティーの時間よりも少し早く呼んだんだ」
青紫と優子は一縷の正面に腰を下ろす。すると、一縷の膝の上に座っていた猫が、青紫と優子の元に来て、交互に二人に擦り寄った。
「ミミも、二人を歓迎しているみたいだね」
ミミと名づけられた猫は、一縷の愛猫で、青紫が屋敷にいる頃から家族の一員だと言う。優子がミミの頭を撫でると、ミミは気持ちよさそうに目を細める。
「ご体調はいかがですか」
「うん、最近は調子がいいよ。昨日なんか、ミミと庭園を散歩したよ。今日は青紫たちが来てくれたから、もっと元気が出たよ」
そう言い、一縷は心底嬉しそうな顔をする。
(お祖父様、本当に青紫さんに会いたかったのね。あの時も、そうおっしゃっていたし)
「今日はゆっくりしていけるのかな?」
「ええ、美月の誕生日ですし」
青紫がそう言うと、一縷は「そうか」と嬉しそうに頷く。
「ミャー」
ミミは何かを訴えるように、青紫を見上げ鳴く。
「散歩に付き合ってほしいみたいだね」
「仕方がありませんね」
青紫は立ち上がると、ミミの後を追って、部屋を出ていく。襖が閉まると、優子は一縷に見合う。
「あの、ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。もっと早く、こちらにお伺いするべきだったのですが」
謝る優子に、一縷は優しい笑みを浮かべる。
「優子さん、ありがとね」
「……え?」
「優子さんが、青紫をここに連れてきてくれたんだよね」
「い、いえ、私は何も」
勇気を出してくれたのは、青紫自身だ。
「あの子は変わった。以前のあの子は、誰も寄せつけず、いつも一人だった」屋敷で一人、本を読んだり、どこか遠くを見つめることが多かったという青紫。そんな青紫が、一縷はずっと気がかりだったと言う。
「その背中はとても寂しそうで、この子は生涯こうして生きていくのかと、不安だった」
昔の青紫を思い出したのか、一縷は思い詰めたような表情をする。その表情は、とても悲しそうだ。
けると、答える。
「亡くなったんだ」
その言葉に優子の心臓が大きく脈打った。
「……そう、でしたか……」
大きく落胆する優子。
心のどこかでは分かっていた。青紫の両親は、もうこの世にはいないのだと。だが、その言葉を聞くまでは信じていなかった。信じたく、なかった。
優子は心が深い海の底に沈んでいくのを感じた。それは、鈍器のようなものを心に押しつけられているかのようで、想像以上に酷く、胸が痛んだ。
(私でこんな気持ちになるなんて、青紫さんは一体、どんな思いで……)
「あの子の母親である恵は、八咫烏の妖怪と一緒になって家を出た。恵を破門にしたのは他でもない、私だ」
一族の長であり、一門の頭首である一縷は、苦渋の決断を強いられたのだろう。
「あの子を身籠もってから、恵が屋敷を訪ねてきた」
雨の中、大きなお腹を抱え現れた恵に、一縷は驚きを隠せなかった。屋敷の中に招き入れると、二人は緊迫した空気で向き合った。
「私はこの子を産みます」
「……何だって?」
一縷は耳を疑った。妖怪の子を、人間である娘が産めるはずがないからだ。妖力の強さに、母体は耐えきれない。
「そんなことをすれば、お前は死んでしまう」
一縷の言葉に、恵は小さく悲しげな笑みを浮かべる。
「彼にも同じことを言われました」
一縷はハッとした。
「彼は……彼はどうしたんだ。大きなお腹を抱えたお前を一人にして、何をしているんだ」
切羽詰まった一縷がそう尋ねると、恵は今にでも泣き出してしまいそうな弱々しい顔で、懸命に笑った。
「恵……」
強気な娘が初めて見せた弱気な顔に、一縷は悟った。お腹の子の父親は、もうこの世にいないのだと。
「私はこの子を産まない選択をするつもりはありません」
大事そうに、お腹に両手を当てる恵。その慈しむような眼差しは、母の顔だった。
「わがままばかり言って、親不孝な娘でごめんなさい。だけど、この子だけはお願い……この子は、私たちが愛しあった証……彼と……私の子……っ。だから、何があっても守りたいの」
そう、恵は切なくも幸せに笑った。その顔が、今も一縷の胸に焼き付いて離れない。
「あの子を産み、恵は亡くなった。それから、あの子は黒羽家の者として、私が育てた。しかし、一門同様、一族の者もあの子を黒羽の者と認めなかった。幼いなりに、あの子も周りからよく思われていないことを分かったのだろう」
青紫は言っていた、家を出たのは、自分の居場所がないと分かっていたからだと。
幼い青紫はみなの輪を外れ、いつも一人で立ち尽くしていたと言う。そうして段々と心を閉ざし、笑うことすらしなくなった。
「あの子は、なぜ自分が生まれたのかをいつも自問自答しているようだった。その問いに悩まされ続けたせいで、生きる意味すらも失っているように見えた」
心を痛める優子に、一縷は俯けていた顔を上げると、優子を見て優しく微笑む。
「ありがとう、優子さん、あの子の側で生きると決めてくれて。ありがとう、あの子を愛してくれて」
「お祖父様……」
一縷の言葉に、優子は涙腺が熱くなるのを感じる。
「私の方こそ、青紫さんの側で生きられて、幸せです……」
涙を堪え、そう言った優子に、一縷は微笑みながら頷いた。
廊下から鈴の音が聞こえる。ミミと青紫が戻って来たようだ。優子は急いで、浮かび上がってきていた涙を払う。襖が開き、呆れ顔の青紫をご機嫌なミミがリードするように入ってくる。
「散歩はやめだそうです。相変わらず、気分屋な猫ですね」
青紫のその言葉に答えるように、ミミは優雅に歩きながら鳴き声を上げると、一縷の膝の上に戻る。
「結局、そこがいいのですね」
青紫は肩を落としながら笑いそう言う。腰を下ろした青紫は、「ん?」と、隣に座る優子の顔を覗き込む。優子は咄嗟に顔を俯けたが、遅かった。
「目が赤いですよ。もしや、アレルギーをお持ちで?」
青紫は少し赤くなった優子の瞼に、指先でそっと触れる。
「い、いえ。ちょっと擦ってしまっただけで、大丈夫ですから」
「そうですか?」
青紫は触れていた指先で優しく優子の瞼を撫でる。一縷の前で余計に恥ずかしさが募り、優子は青紫から顔を背けた。そんな二人を、一縷は微笑ましそうに見つめた。
青紫の両親が亡くなっていたことは、とても悲し。だが、青紫は二人に愛されていた。それを知れて、よかった。