庭園には強い日が差している。優子はこの温かくて優しい春の日差しが好きだった。
日傘をさし、庭園に足を踏み入れる。前園家専属の庭師が手間暇かけ世話をしているこの庭園は、優子にとって唯一、屋敷で落ち着ける場所だ。
「はぁ……」
無意識に深いため息が出た。
養父母に罵られるのは慣れているが、傷つかないわけじゃない。特に、妖怪のことを口に出されると。
「ううっ……」
今にでも消え入りそうな、小さな唸り声のようなものが聞こえる。足元を見ると、袴を着た白ウサギがうつ伏せで地面に倒れていた。
(これは……あの妖怪ね)
少し前から、屋敷に住み着いている小さな妖怪がいる。この庭園を駆け回る姿を優子は度々目撃していた。
特に悪さをする様子もなかったから放っておいたが、この状況はどうしたものか。
ウサギの背には、風呂敷が背負われている。どうやら、荷物が重く運べなくなっているようだ。
「うううっ……くそっ、あともう少しだというのに……」
両手、両足に力を入れ立ち上がろうとしているが、中々立ち上がれないウサギ。日差しはどんどん強くなり、うさぎの体力を奪っていく。
相手は妖怪、厄介ごとに巻き込まれないうちにここを離れた方がいい。
優子はウサギから背を向け歩き出す。
ほっとけばいい。妖怪に関わっても、ろくなことがない。
見える人間が珍しいばかりに、面白がった妖怪に遊ばれ、追いかけられることはよくある。その度に怪我をして、小百合に怒られた。
(自ら厄介ごとに首を突っ込むなんて、ごめんだわ)
そう思うも、数歩進んだところで足が止まる。
「……」
顔だけ振り向かせると、ウサギは弱りながらも必死に体を動かし続けている。
(ああもう……!)
優子は踵を返すとしゃがみ込み、ウサギの頭上に日傘をさす。
日が遮られたことに気づいたウサギは顔を上げると、優子と目が合い叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁ……!! 人の子! 人の子だ……!!」
完全にパニックになっているウサギに、優子は風呂敷を指先で摘み上げる。
「あっ! おい! 何をする返せ! それは人の子などにあげるものではないぞ!」
立ち上がったウサギは怒りながらジャンプをしてそう言い、優子を威嚇する。
(なんだ、案外、元気なのね)
「失礼な妖怪ね、別に奪おうとしたわけじゃないわよ」
優子は摘み上げていた風呂敷をウサギの前に置く。
目の前に置かれた風呂敷に、ウサギはポカーンとした顔をする。
「あなたが野垂れ死そうになってたから、助けてあげたんじゃないの」
「ええい! うるさいうるさい! おいらは野垂れ死にそうになどなってないっ!」
(せっかく助けてあげたのに)
聞かん坊なウサギに、優子はやれやれと思う。
「お前、人の子のくせにおいらが見えるとは生意気な」
見たくて見ているわけじゃないが。それは言わないでおく。
「その荷物、重そうね。一体、何が入っているの?」
優子の問いに、うさぎは風呂敷を囲うように抱きしめる。
「これは森から集めてきた木の実だ」
森から集めてきたとは、また随分と遠くから。ここから森までは車でも少なくとも一時間はかかる。それをこの小さな妖怪が歩いて取ってくるとは、かなりの距離になるはず。この暑さの中となれば、野垂れ死にそうになるわけだ。
(妖怪も大変なのね)
「ねぇ、ここに年中通して木の実があれば、あなたの暮らしは楽になれる?」
「ん? ああ……まぁそうだな」
「今度、他の木を植えられないか、庭師の方に聞いてみるわ」
そう言うと、優子は腰を上げ、屋敷の中へ入ろうとする。
「あっ! おい待て人の子!」
足を止めた優子は、顔だけ振り向かせて言う。
「私は優子。人の子という名前ではないわ」
「優子……優子、お前、良い奴だな」
ウサギは嬉しそうに笑いそう言う。
__愛おしい。
その幼さを感じる無邪気な笑顔に、優子の中に、妖怪に対する初めての感情が芽生えた。
日傘をさし、庭園に足を踏み入れる。前園家専属の庭師が手間暇かけ世話をしているこの庭園は、優子にとって唯一、屋敷で落ち着ける場所だ。
「はぁ……」
無意識に深いため息が出た。
養父母に罵られるのは慣れているが、傷つかないわけじゃない。特に、妖怪のことを口に出されると。
「ううっ……」
今にでも消え入りそうな、小さな唸り声のようなものが聞こえる。足元を見ると、袴を着た白ウサギがうつ伏せで地面に倒れていた。
(これは……あの妖怪ね)
少し前から、屋敷に住み着いている小さな妖怪がいる。この庭園を駆け回る姿を優子は度々目撃していた。
特に悪さをする様子もなかったから放っておいたが、この状況はどうしたものか。
ウサギの背には、風呂敷が背負われている。どうやら、荷物が重く運べなくなっているようだ。
「うううっ……くそっ、あともう少しだというのに……」
両手、両足に力を入れ立ち上がろうとしているが、中々立ち上がれないウサギ。日差しはどんどん強くなり、うさぎの体力を奪っていく。
相手は妖怪、厄介ごとに巻き込まれないうちにここを離れた方がいい。
優子はウサギから背を向け歩き出す。
ほっとけばいい。妖怪に関わっても、ろくなことがない。
見える人間が珍しいばかりに、面白がった妖怪に遊ばれ、追いかけられることはよくある。その度に怪我をして、小百合に怒られた。
(自ら厄介ごとに首を突っ込むなんて、ごめんだわ)
そう思うも、数歩進んだところで足が止まる。
「……」
顔だけ振り向かせると、ウサギは弱りながらも必死に体を動かし続けている。
(ああもう……!)
優子は踵を返すとしゃがみ込み、ウサギの頭上に日傘をさす。
日が遮られたことに気づいたウサギは顔を上げると、優子と目が合い叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁ……!! 人の子! 人の子だ……!!」
完全にパニックになっているウサギに、優子は風呂敷を指先で摘み上げる。
「あっ! おい! 何をする返せ! それは人の子などにあげるものではないぞ!」
立ち上がったウサギは怒りながらジャンプをしてそう言い、優子を威嚇する。
(なんだ、案外、元気なのね)
「失礼な妖怪ね、別に奪おうとしたわけじゃないわよ」
優子は摘み上げていた風呂敷をウサギの前に置く。
目の前に置かれた風呂敷に、ウサギはポカーンとした顔をする。
「あなたが野垂れ死そうになってたから、助けてあげたんじゃないの」
「ええい! うるさいうるさい! おいらは野垂れ死にそうになどなってないっ!」
(せっかく助けてあげたのに)
聞かん坊なウサギに、優子はやれやれと思う。
「お前、人の子のくせにおいらが見えるとは生意気な」
見たくて見ているわけじゃないが。それは言わないでおく。
「その荷物、重そうね。一体、何が入っているの?」
優子の問いに、うさぎは風呂敷を囲うように抱きしめる。
「これは森から集めてきた木の実だ」
森から集めてきたとは、また随分と遠くから。ここから森までは車でも少なくとも一時間はかかる。それをこの小さな妖怪が歩いて取ってくるとは、かなりの距離になるはず。この暑さの中となれば、野垂れ死にそうになるわけだ。
(妖怪も大変なのね)
「ねぇ、ここに年中通して木の実があれば、あなたの暮らしは楽になれる?」
「ん? ああ……まぁそうだな」
「今度、他の木を植えられないか、庭師の方に聞いてみるわ」
そう言うと、優子は腰を上げ、屋敷の中へ入ろうとする。
「あっ! おい待て人の子!」
足を止めた優子は、顔だけ振り向かせて言う。
「私は優子。人の子という名前ではないわ」
「優子……優子、お前、良い奴だな」
ウサギは嬉しそうに笑いそう言う。
__愛おしい。
その幼さを感じる無邪気な笑顔に、優子の中に、妖怪に対する初めての感情が芽生えた。
