仕事を終え帰宅した青紫と多江、三人でいつものよう晩御飯を食べていたが、優子のその表情は硬かった。
正面に座る青紫の様子を伺う優子。青紫は流れるような美しい所作で食事をしている。
(どうやって、切り出せば……)
優子の頭の中は、薊からの頼まれごとで、いっぱいになっていた。
「弟の誕生日パーティーに行くように、あいつを説得してほしいんだ」
「弟さんの誕生日パーティー……ですか?」
薊の話では、来週、青紫の弟の誕生日パーティーが、黒羽家の本家で開かれるという。そのパーティーに青紫は招待されていたらしいのだが、青紫は断ってしまったのだと。
「あいつが一門の連中に良く思われていないのは、お前も知っているだろ?」
「……はい」
半妖である青紫は、一族から異端な存在とみなされ、一門からは孤立している。
「でも、弟とは仲が良かったんだ。あいつだって、本当は弟の誕生日を祝いたいと思っているはずだ。俺の言うことには耳を貸さないが、お前の話なら別だろ?」
薊にそう言われたものの、優子はどうして良いのか分からなかった。弟がいたことすらも知らなかったのに、パーティーに行こうだなんて。普段から、青紫はあまり自分のことを話すタイプではないが、一族や一門のことに関しても同様、何かを聞かされたことはない。
「この鮭、とても美味しいです」
青紫の視線の先には、綺麗に焼かれた季節魚の鮭がある。
「その鮭、魚屋さんで優子さんが見つけてくださったんです。ねえ、優子さん」
(何て切り出せば……)
多江と青紫の話は耳に入らず、考え込む優子。
「優子さん……?」
「え?」
不思議そうにする多江の声に顔を上げると、青紫と多江がこちらを見ていた。
「どうしました? ぼーっとしているようですか。もしかして、熱でもあるんじゃ……」
優子の額に片手を伸ばし、熱を測ろうとする多江。
「い、いえ! なんでもありません」
優子は大丈夫だと、止まっていた箸を動かした。
食事を終え、お風呂から上がると、布団の上に寝転び、天井を見上げた。結局、青紫に何も言えなかった。寝返りをうち、襖に背を向ける。薊はああ言っていたが、本当のところ、青紫はどうしたいのだろうか。想いが通じ合ってから、優子と青紫の仲は深まり、心の距離も近くなった。だが、そうであったとしても、一門や一族のことは、安易に聞けることではない。
「はぁ……どうしよう」
言いながら寝返りうち、再び天井を見上げる。
「何がですか?」
「わっ……!!」
いきなり真上に青紫の顔が現れ、優子は驚いて上体を起こす。青紫はサッと顔を避け、ぶつかるのを回避した。
「青紫さん……! い、いつの間に……!?」
大きく目を見開いた優子に、青紫は笑みを浮かべている。
「声をかけたのですが、返事がないので入りました」
「そ、そうでしたか……」
優子は肩を下げながら、静かに息をつく。
(心臓に悪い……)
「考え事ですか」
言いながら、優子の目の前に腰を下ろす青紫。
「食事の時も浮かない顔をしていましたが、何かありましたか?」
優子に何かあったと思っている様子の青紫。
(青紫さんは、ちゃんと話し合いができる人だ)
自分を気にかけてくれる青紫に、優子は徐に口を開く。
「九条さんから、弟さんの誕生日パーティーのこと、聞きました」
優子の言葉に、青紫は腑に落ちた顔をする。
「行かなくて、いいんですか……?」
青紫の様子を伺うようにそう聞いてきた優子に、青紫は少し考えた様子を見せると、口を開く。
「優子さんには、一門のことについて、詳しく話していませんでしたね」
青紫の真面目な表情に、優子は布団の上に正座をし、姿勢を正した。
「黒羽一門は、四百年ほど前からあやかし祓いをしてる、最も歴史の古い一門です。現当主は、私の祖父である黒羽一縷。本来であれば、祖父の跡を継ぐのは娘である私の母でしたが、母は一族から破門とされました。妖怪である父を、愛したから」
これは、前に薊から聞いていた。
「黒羽一門は、古くからの慣わしで、継承者候補である者が十八の誕生を迎えた際、現頭首により、次の当主が決められる」
青紫の言葉に、優子はハッとする。
「もしかして、今回の誕生日パーティーは」
青紫は頷く。
「私か弟の美月、どちらかが当主候補ですが、禁忌をおかした母の子で、半妖である私は頭首の座には相応しくない。それが一門の考えです。ですので、次期頭首は弟に決まっているようなもの」
「そんな……」
妖怪の血を引くことが、そんなのにもダメなことなのか。
「家を出たのは、自分の居場所がそこにはないことを知っていたからです。だから独立して、一人で生きていくことにした。祖父からは、屋敷に来るようにと手紙をよこされていますが、気が進まず、家を出てから一度も帰っていません」
家族の誕生日だから行った方がいい。そう考える部分もあったが、青紫にとって家族は、自分に敵意を向けてくる存在。
(……私だって、血の繋がりがあっても、幸せではなかった)
気が進まないのは、当然のことだ。頼ってくれた薊には申し訳ない気もするが、青紫の決定通り、行かないほうがいいのかもしれない。
「……でも、弟を祝いたいという気持ちはあります。もう随分会っていませんし、成長したあの子を、一目見てみたい。それに、祖父にも顔を見せてやらねばと思ってはいます」
複雑そうな顔をしながらも、どこか寂しげな顔をしてそう言った青紫。そんな青紫に、優子は首を捻る。
もしかすると、青紫は一人で行くのが心細いのではないだろうか。
本当に行きたくないのなら、こんなことは言わないはず。
「あ、あの……!」
思わず身を乗り出す優子。
「よかったら、一緒に行きませんか?」
「え?」
青紫は目を丸くする。
「ほら、私も一度、お祖父様にご挨拶しないといけないなと思っていましたし、せっかくなので、弟さんの誕生日もお祝いしたいです」
「ですが、私をよく思っていない連中の中に行くのは、少なからず、妻であるあなたにも、嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
こんな時まで人を気遣うなんて、やっぱり、青紫はどこまでも優しい人だ。
「私はそんなこと気にしません。知っているでしょう? 私は悪意なんかに負けるような、やわな女じゃない。それに……青紫さんがいれば、何も怖くない」
そう、青紫がいれば、なんだってできる気がするのだ。
「優子さん……」
「行きましょう青紫さん、一緒に。二人なら、どんなことでも乗り越えていけます」
優子が鼓舞するように笑顔でそう言うと、青紫は少し照れたように優しい笑みを浮かべ、頷いた。
「……はい」
かくして、優子と青紫は黒羽一門の本家へ赴くことになったのだ。
正面に座る青紫の様子を伺う優子。青紫は流れるような美しい所作で食事をしている。
(どうやって、切り出せば……)
優子の頭の中は、薊からの頼まれごとで、いっぱいになっていた。
「弟の誕生日パーティーに行くように、あいつを説得してほしいんだ」
「弟さんの誕生日パーティー……ですか?」
薊の話では、来週、青紫の弟の誕生日パーティーが、黒羽家の本家で開かれるという。そのパーティーに青紫は招待されていたらしいのだが、青紫は断ってしまったのだと。
「あいつが一門の連中に良く思われていないのは、お前も知っているだろ?」
「……はい」
半妖である青紫は、一族から異端な存在とみなされ、一門からは孤立している。
「でも、弟とは仲が良かったんだ。あいつだって、本当は弟の誕生日を祝いたいと思っているはずだ。俺の言うことには耳を貸さないが、お前の話なら別だろ?」
薊にそう言われたものの、優子はどうして良いのか分からなかった。弟がいたことすらも知らなかったのに、パーティーに行こうだなんて。普段から、青紫はあまり自分のことを話すタイプではないが、一族や一門のことに関しても同様、何かを聞かされたことはない。
「この鮭、とても美味しいです」
青紫の視線の先には、綺麗に焼かれた季節魚の鮭がある。
「その鮭、魚屋さんで優子さんが見つけてくださったんです。ねえ、優子さん」
(何て切り出せば……)
多江と青紫の話は耳に入らず、考え込む優子。
「優子さん……?」
「え?」
不思議そうにする多江の声に顔を上げると、青紫と多江がこちらを見ていた。
「どうしました? ぼーっとしているようですか。もしかして、熱でもあるんじゃ……」
優子の額に片手を伸ばし、熱を測ろうとする多江。
「い、いえ! なんでもありません」
優子は大丈夫だと、止まっていた箸を動かした。
食事を終え、お風呂から上がると、布団の上に寝転び、天井を見上げた。結局、青紫に何も言えなかった。寝返りをうち、襖に背を向ける。薊はああ言っていたが、本当のところ、青紫はどうしたいのだろうか。想いが通じ合ってから、優子と青紫の仲は深まり、心の距離も近くなった。だが、そうであったとしても、一門や一族のことは、安易に聞けることではない。
「はぁ……どうしよう」
言いながら寝返りうち、再び天井を見上げる。
「何がですか?」
「わっ……!!」
いきなり真上に青紫の顔が現れ、優子は驚いて上体を起こす。青紫はサッと顔を避け、ぶつかるのを回避した。
「青紫さん……! い、いつの間に……!?」
大きく目を見開いた優子に、青紫は笑みを浮かべている。
「声をかけたのですが、返事がないので入りました」
「そ、そうでしたか……」
優子は肩を下げながら、静かに息をつく。
(心臓に悪い……)
「考え事ですか」
言いながら、優子の目の前に腰を下ろす青紫。
「食事の時も浮かない顔をしていましたが、何かありましたか?」
優子に何かあったと思っている様子の青紫。
(青紫さんは、ちゃんと話し合いができる人だ)
自分を気にかけてくれる青紫に、優子は徐に口を開く。
「九条さんから、弟さんの誕生日パーティーのこと、聞きました」
優子の言葉に、青紫は腑に落ちた顔をする。
「行かなくて、いいんですか……?」
青紫の様子を伺うようにそう聞いてきた優子に、青紫は少し考えた様子を見せると、口を開く。
「優子さんには、一門のことについて、詳しく話していませんでしたね」
青紫の真面目な表情に、優子は布団の上に正座をし、姿勢を正した。
「黒羽一門は、四百年ほど前からあやかし祓いをしてる、最も歴史の古い一門です。現当主は、私の祖父である黒羽一縷。本来であれば、祖父の跡を継ぐのは娘である私の母でしたが、母は一族から破門とされました。妖怪である父を、愛したから」
これは、前に薊から聞いていた。
「黒羽一門は、古くからの慣わしで、継承者候補である者が十八の誕生を迎えた際、現頭首により、次の当主が決められる」
青紫の言葉に、優子はハッとする。
「もしかして、今回の誕生日パーティーは」
青紫は頷く。
「私か弟の美月、どちらかが当主候補ですが、禁忌をおかした母の子で、半妖である私は頭首の座には相応しくない。それが一門の考えです。ですので、次期頭首は弟に決まっているようなもの」
「そんな……」
妖怪の血を引くことが、そんなのにもダメなことなのか。
「家を出たのは、自分の居場所がそこにはないことを知っていたからです。だから独立して、一人で生きていくことにした。祖父からは、屋敷に来るようにと手紙をよこされていますが、気が進まず、家を出てから一度も帰っていません」
家族の誕生日だから行った方がいい。そう考える部分もあったが、青紫にとって家族は、自分に敵意を向けてくる存在。
(……私だって、血の繋がりがあっても、幸せではなかった)
気が進まないのは、当然のことだ。頼ってくれた薊には申し訳ない気もするが、青紫の決定通り、行かないほうがいいのかもしれない。
「……でも、弟を祝いたいという気持ちはあります。もう随分会っていませんし、成長したあの子を、一目見てみたい。それに、祖父にも顔を見せてやらねばと思ってはいます」
複雑そうな顔をしながらも、どこか寂しげな顔をしてそう言った青紫。そんな青紫に、優子は首を捻る。
もしかすると、青紫は一人で行くのが心細いのではないだろうか。
本当に行きたくないのなら、こんなことは言わないはず。
「あ、あの……!」
思わず身を乗り出す優子。
「よかったら、一緒に行きませんか?」
「え?」
青紫は目を丸くする。
「ほら、私も一度、お祖父様にご挨拶しないといけないなと思っていましたし、せっかくなので、弟さんの誕生日もお祝いしたいです」
「ですが、私をよく思っていない連中の中に行くのは、少なからず、妻であるあなたにも、嫌な思いをさせてしまうかもしれません」
こんな時まで人を気遣うなんて、やっぱり、青紫はどこまでも優しい人だ。
「私はそんなこと気にしません。知っているでしょう? 私は悪意なんかに負けるような、やわな女じゃない。それに……青紫さんがいれば、何も怖くない」
そう、青紫がいれば、なんだってできる気がするのだ。
「優子さん……」
「行きましょう青紫さん、一緒に。二人なら、どんなことでも乗り越えていけます」
優子が鼓舞するように笑顔でそう言うと、青紫は少し照れたように優しい笑みを浮かべ、頷いた。
「……はい」
かくして、優子と青紫は黒羽一門の本家へ赴くことになったのだ。
