人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

「で、どうしてうちなんですか」
裏庭でテーブルを挟み、椅子に座りお茶をする優子と紅葉。
多江は優子の友達が遊びに来たと喜んでいたが、仲良くお茶をする関係性ではない。ヨモギは、優子のティーカップの近くに座って、多江が出してくれたお菓子を頬張っている。
「だって、帝都まで行くのは時間がないし、田舎にはお茶できるところはないし、ここなら、あなたも時間を気にせずいられるでしょう?」
「そうですけど……」
まさか、屋敷に来られるとは思っていなかった。
「良いお庭ね、あなたのために用意したのでしょうね」
紅茶はカップを片手に、裏庭を見回す。
「青紫さん、あなたのこと、本当に大事に想っているみたいね」
「話があって、私を引き留めたのではないのですか」
紅葉はゆっくりとカップをソーサーの上に置くと、優子を見る。
「敵意剥き出しって感じね。まぁ無理もないわよね、元婚約者なんて、妻からしたら、気分の良いものではないでしょうし。でも安心して、私たちの間には、何もなかったの」
紅葉の意味深な言い方に、優子は首を捻る。
「……どういうことですか」
俯いた紅葉は、少しだけ間を空けると話し出す。
「私、好きな人がいるの。相手は、妖怪よ」
「え……妖怪って……」
紅葉の視線は、自然と木陰で涼む風早に向く。
(まさか、あの妖怪のことを……)
「父の言いつけで、青紫さんとお見合いすることになった。でも、彼はすべてを見抜いていたわ。私に、特別な相手がいると」
紅葉の父、現漆原一門頭首は、家柄と血筋を重んじる権力主義者であると同時に、力のあるなしを判断基準とする実力主義者でもある。そんな紅葉の父が結婚相手に選んだのは、同じ祓い屋の名門一族で、異能持ちの半妖である青紫。黒羽や周りからは異端者扱いされている青紫だったが、人間でありながらも強い異能を持つ青紫は、まさに紅葉の父が欲しがる人物だった。だが、青紫は冷酷無慈悲な心ない男だと噂に聞く。そんな男を婿にもらったにしても、自分はやっていけるのか不安があった。だが、父の言うことは絶対。自分は青紫と結婚するのは免られない。紅葉はそう思っていた。
お見合いの当日、着飾った紅葉は晴れない気持を抱え、屋敷を出た。風早は何も言わずに、その背中を見送った。
格式高い料亭につくと、そこにはすでに青紫の姿があった。青紫は畳に腰を下ろし、小窓から見える池の鯉に目を向けていた。
「こんばんは」
紅葉に気づいた青紫は、柔らかな口調でそう言ったが、その目は虚だった。こちらを見ているようだが、本当はどこも見ていないのかもしれない。
「他の方がいるなら、そちらに行ってください」
紅葉が腰を下ろして早々、そう嫌味なく言った青紫に、紅葉は唖然とした。
「……え?」
あまりにも的を射抜いた言葉だったため、紅葉は聞き返しながら、思わず笑ってしまった。
「どうして分かったんですか」
紅葉がそう聞くと、青紫はおかしそうな笑みを浮かべ、こう答えた。
「勘です」
「勘ですって?」
適当なことを言っただけだ。最初はそう思ったが、すぐそうではないと分かった。
「簡単なことですよ。あなたのあの眼差し……それは、愛というものなのでしょう?」
青紫は分かっていたのだ。紅葉が、風早に特別な気持ちを抱いていることを。
何度か顔を合わせただけの顔見知りような関係性だった。だが、その少しでも、青紫は紅葉の想いに気づいていたのだ。
「……分かっているんです。相手は妖怪、これは許されないこと」
自分が罪深き想いを持ってしまったと、紅葉は苦しんでいた。
「妖怪の血を引くあなたなら、痛いほど理解されていると思いますが、人と妖怪は決して共には生きられない。生きる時間が違うから……」
紅葉は老いていく。体は不自由になって、顔にはシワやしみができる。そうやって、どんどん年老いていく。だが風早は変わらない。ずっとあの頃のまま。
それが、とても辛かった。
叶うのなら、共に生きたい……。
「でも、愛しているのでしょう? 好いた者同士が一緒にいられることほど、幸せなことはないそうですよ」
そう言った青紫に、紅葉は驚いた。半妖である青紫が、妖怪を愛してしまった自分の背中を押してくれるなんて、思いもしなかったからだ。
……いや、半妖であるからこそ、なのかもしれない。
「……まあ、私には分かりかねますが」
屈託ない笑みを浮かべる青紫。だが、その笑みは、どこか寂しそうだった。
「あなたには、誰か大切な方はいらっしゃらないの?」
紅葉のその問いに、青紫は不敵な笑みを浮かべるだけだった。この男は、自分の中にある憎しみや悲しみだけを糧に生きてきたのかもしれない。誰かを想う気持ちさえ持てれば、この男は変わる。あの寂しい目を、しなくて済むのかもしれない。
「この縁談は、私の方からお断りしておきます。あなたは、自由に生きるべきだ」
自分が抱える痛みに気づいていながらも、寂しさや苦しさまでも放っておき、人の背中を押してしまうような、馬鹿な男。だが、その時、紅葉は祈った。どうかこの男が、愛する人と、出会えますように__と。
全てを話し終えた紅葉は、ゆっくりと伏せていた目を上げ、優子を見た。
「彼の言葉に気づかされたわ。本当に愛しているのなら、感情に蓋をして、目を背けるべきではないと」
「お父様は、納得してくださったのですか」
紅葉は首を横に振る。
「このままだと、次の頭首にはしてもらえそうにないわね。今のところ、風早が異能のある妖怪だからと、契約を剥奪されず、一門においてもらえているけど。これから先、どうなるのか……」
知らなかった。紅葉が、そんな不安と戦っていたとは。
強い異能を持つ妖怪を好み、使役する漆原一門は、力が全ての一門。強く、あり続けなければならない。
「でも、諦めるつもりはないわ。頭首の座も、風早も。今は分かってもらえなくても、いつか父にも、理解してもらえる日がくると、私は信じている」
いつの間にか、風早が紅葉の横に立っている。紅葉が風早を見上げると、ずっと無愛想な顔をしていた風早が優しく笑い、紅葉を見つめる。
緩やかな、風が吹いた。それはとても優しい風だった。これはきっと、風早の紅葉への想いだ。優子はそう思った。
「……私、青紫さんに、愛していると言われました」
「あら、よかったじゃない」
紅葉はあっさりとした様子でそう言う。黙る優子に、紅葉は首を傾げる。
「何? 不服なの?」
「い、いえ。そういうわけでは、ないんですけど……」
「けど?」
「青紫さんが、私のことをそんな風に思ってくれているとは、思わなくて……」
あの夜の後、各自部屋に戻って、眠りについた。次の日になって、あれが夢ではなかったのだと分かると、恥ずかしくて、顔が真っ赤になった。次の日も、青紫はいつも通りで、優子もあの告白に触れることはなかった。大切に思ってくれているのは分かっていた。だが、一人の女として、愛されているとは思わなかった。
「私、お料理もお裁縫も全然ダメで、妖力は強いらしいですけど、目眩しの札を書くだけで精一杯で……いつも青紫さんに、迷惑をかけてしまっているんです」
自信なさげ優子に、紅葉はクスリと笑う。
「青紫さんは、あなたのできることや、あなたがしてくれることなんかじゃなくて……」
そう言い、立ち上がった紅葉は、優子の隣まで来ると、腰を折り曲げ、優子の胸に片手を置く。
「あなたが、好きなの。あなただって、そうでしょ?」
紅葉のその言葉に、優子の頭には、青紫と出会ってから今日までの出来事が思い起こされる。見返りもなく救ってくれ、命懸けで守ってくれた。いつも励まし、自分を支えてくれる、唯一無二の理解者。
「……はい」
真摯な眼差しで頷いた優子の返事に、紅葉は満足げに笑う。
「私は応援するわよ。というかもうしてるし」
「あの、どうして私に、そんなに良くしてくださるんですか」
不思議そうにする優子に、紅葉は「フッ」と笑う。
「あなたが素敵な人だからよ。あなたは気づいていないみたいだけど、あなたには、容姿よりも魅力的なところが山ほどある。青紫さんは、それを誰よりも知っているはず」
今まで、自分の容姿ばかりを気に留める人たちしかいなかった。それゆえに、自分を見る人間は見た目しか見ていないと、勝手に決めつけている部分があった。だが、青紫は人を見た目で判断するような浅はかな人ではないことくらい、初めから分かっていた。
いつの間にか、大切なことを忘れてしまっていた優子に、紅葉が愛の本質を思い出させてくれた。
「私、紅葉さんのこと、勘違いしていました」
「元婚約者に未練がある、嫌な女だって?」
その通り過ぎて、優子は俯く。夜会の時、親密そうにする二人を見て、優子は嫉妬していたのだ。
「……すいません」
謝る優子に、紅葉は面白そうに笑う。素直に認め、頬をほんのり赤く染め恥ずかしそうにする優子に、紅葉は優しげに微笑む。
「いいのよ。それも、あなたが彼を好きだって証じゃない」
そう言って、紅葉は優子にウィンクをする。
(私……もう随分前から、青紫さんのこと……)
気づけなかった感情に気づいた時、それは自分が思っていた以上に、かけがいのないものだった。
「紅葉、そろそろ行こう」
「そうね」
風早にそう言い、紅葉は椅子から腰を上げる。
「じゃあね、優子さん。今度はゆっくりお茶しましょ」
「はい」
紅葉はテーブルの上にいるヨモギを見る。
「大事なものを無くして悪かったわ。今度、お詫びをさせて」
ヨモギは一瞬、目を丸くすると、腕を組む。
「まあ、そういうことなら、許してやらないこともないな」
「ありがとう」
仲良く並んで帰って行く紅葉と風早。そんな二人を見て、優子は思った。誰かを愛する気持ち、それは、人も妖怪も変わらないのだと。
後日、紅葉からお詫びの品と言い、手紙と一緒に、たくさんの栗と木の実が届いた。ヨモギはお詫びの品に目を輝かせ喜び、栗を頭に乗せながら、裏庭をぴょんぴょんと飛び跳ね、楽しそうに駆けていた。手紙には、風早が一緒に栗と木の実を探してくれたことも書かれていた。
「これはまた随分な量ですね」
青紫は優子の後ろから包の中をを覗き込みながらそう言うと、正座をしている優子の隣にしゃがみ込む。
「漆原一門の次期頭首と打ち解け合うとは、優子さんもやりますね」
そう言い、青紫はクスクスと楽しそうに笑う。
「あの、青紫さん」
「はい?」
「その……」
視線を左右上下に向けた優子は、自分の両手をぎゅっと握り、覚悟を決める。
そして、凛とした瞳で、青紫を真っ直ぐに見つめた。
「私も、あなたを愛しています」
優子の言葉に、青紫から一瞬にして笑みが消える。
「……」
何も言わず、なんともいない表情をして、時が止まったかのよう停止する青紫。
(あ、あれ……)
その様子に、優子は戸惑う。
(思っていた反応と、ち、違う……)
喜んでくれると思っていたが、そうではなかった。
少しの間、無言の時間が過ぎると、我に返った青紫は、大きく息を吐いた。
「突然、何を言い出すかと思えば……」
「あっ……」
(私ったら、いきなり何を……!)
バッと両手で口元を塞ぐ優子。だが、もう出てしまった言葉は取り消せない。
自分がしたことの恥ずかしさで、優子の顔は真っ赤に染まる。
「あ、えっと、その……これはですね」
両手を顔の前に出し、あたふたとする優子に、青紫は目を伏せる。
(……困らせて、しまった……?)
伝えたいと思うばかりに、早まってしまっただろうか。もっと青紫のことを考えて、タイミンングを見計らうべきだっただろうか。
青紫は落ち着くように一呼吸置くと、ゆっくりと顔を上げ、優子を見た。
「……本当に……?」
どこか信じきれていない、怯えたような青紫。子供のように不安げに揺れる、その闇のように黒い右目を覗き込みながら、優子はゆっくりとした動きで頷いた。青紫は興奮する気持ちを抑えるように、大きく息を吸い込むと、優子を抱き締める。驚きながらも、優子はその背中に両手を回し、強く、抱きしめ返した。
「ありがとう……」
囁かれたその言葉に、優子は溢れるほどの幸せを感じた。
しばらく抱きしめ合うと、青紫がそっと抱擁を解く。そして、愛おしそうに優子を見つめると、今までにないくらい幸せに笑った。優子は青紫の腕の中で、静かに目を閉じ、その鼓動に耳を澄ませ、望んだ。
__少しでも長く、この人と生きたいと。