人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

「今夜は満月ですね」
月明かりが照らす縁側に、優子と二人並んで腰を下ろしていた青紫は、空を見上げ言う。いつものように屈託ない笑みを浮かべ、煎茶を飲む青紫。一方の優子はというと、視線を一点に集中できず、落ち着きがなかった。それは、青紫があのことについて、何も聞いてこないからだ。
「……あの」
迷った挙句、優子はそろりと青紫の様子を伺うように口を開いた。
「はい?」
青紫はなんてことない表情をして、優子の方を見る。
「どうして、何も聞かないですか」
何が? と言いたそうに、首を傾げる青紫に、優子はむず痒さを感じる。
「分かっているのでしょう。私と、誠一郎さんのこと……」
「聞いてほしいのですか?」
「そ、そういうわけじゃないですけど……」
「けど?」
「何も聞かれないのも、なんだか、寂しいといいいますか……」
何を言っているのだろうか。こんなこと言っても、青紫を困らせるだけだ。
「お二人の関係は、以前から知っていました」
「……えっ?」
予想もしていなかった青紫の言葉に、優子は驚き、一時停止してしまう。
「あなたが長沼家と縁談を結んだと、帝都で偶然、耳にしたのです」
数ヶ月前のことだ。青紫が帝都の街を歩いていると、何やら人が集まっていた。人混みの中に目を向けると、そこには桜色のスカーフを頭に被せ歩いている、華やかな娘がいた。その隣には、娘の母親と思われる女もいた。女は娘を見ろと言わんばかりに、鼻高々に道の真ん中を歩き、我が物顔で娘の前に立っていた。その母親の光景は、まるで娘を見せ物にしているかのように、青紫には見えた。
「あれは、子爵令嬢の前園優子さんだな」
隣に立っていた通りすがりの男が、青紫にそう話す。
「綺麗だよな、あんな娘がいたら、あの家も安泰だろうに」
確かに美人だと、青紫も思った。
「でも、ここだけの話、知り合いのメイドから聞いたんだけど、養父母から良くない扱いを受けているらしい」
なるほど。彼女を大事な娘として扱っているように見えて、実際は虐げていると。側から見れば、前園家は爵位を持っている高貴な人間だが、真の姿は金に目が眩んだ、薄汚く狡猾な人間。
「まぁ、それももう少しの辛抱だろう」
「……というと?」
「結婚するんだよ。しかも、相手の男は長沼っていう伯爵家の嫡男で、かなりの結納金がもらえるとか。優子さんも、やっとあの家を出られるんだ。よかったじゃないか」
男はそう言ったが、果たして本当にそうだろうか。あの家を出られたとしても、養父母との関係を断ち切らない限りは、虐げられることに変わりないだろうに。
あの娘はいわば、籠の中の鳥__。可哀想のものだ。
青紫が心の中でそう思っていると、目を伏せていた優子が顔を上げ、青紫を捉えた。
__その瞬間、青紫は弓で胸を射抜かれたように、強い衝撃を受けた。
意志の強さを感じさせる凛とした瞳。それは、生き方の自由を奪われようとも、心の自由は奪わせない。自分は誰のものにもならない。そう言っているようで、その瞳に、青紫は取り込まれた。
「それから少しして、長沼家との縁談が破談になったと耳にしました。何があったのかと思った。でもあの日、あなたに会って、すぐに分かった。愛した人に、深く傷つけられたのだと」
ヒトツメ鬼に追われ、神社で倒れていた優子の姿を見た時、最初は頭を捻った。なぜ、こんな森の奥にあの娘がいるのかと。だが、傷だらけで、眠りながら涙を流す優子を見て、帝都で聞いたあの噂も、婚約者との間に何が起きたのかも、全てを悟った。
あの時はいろんなことが同時に起きて、頭も心も混乱していたことで気にも留めなかったが、青紫は最初から優子の素性を知っていたのだ。
(何もかも知っていながら、手を差し伸べてくれていた……)
「傷ついたあなたを見て、放って置けなかった。最初は、妖怪が見え、周囲から否定されているあなたに、同情しているのだと思った。半妖である自分を見ているようで、可哀想だと。あなたを助けることで、自分を救った気にでもなっていたのでしょう」
そう、寂しげな笑みを浮かべた青紫。
「でも……あなたと共に過ごすうちに、そうではないと気づいた」
俯けられていた青紫の闇を映すかのような右目が、真っ直ぐに、優子の凛とした瞳に向けられる。
「私は、あなたのその何にも屈しない強さと、痛いほどの真っ直ぐさに、心惹かれた」
青紫は片手でそっと優子の瞼を撫でると、そのまま片手を頬に添える。
「あなたのこの瞳……初めてこの瞳を見たあの日から、私はあなたを愛していた」
優子の頭に、多江と縁側で話していたことが思い起こされる。
『エキザカムの花言葉は__あなたを愛します』
驚き言葉が出ない優子。青紫は真剣な眼差しで、優子を見つめた。