ソファに座る優子の隣、腰を下ろした青紫は、片手でその華奢な肩を抱き寄せていた。正面に立つ誠一郎も、心配そうに優子を見ている。
「少しは落ち着きましたか?」
「すいません……。不甲斐ないです」
気を落とす優子に、青紫は優しく微笑むと、テーブルの上に置かれた湯呑み持ち、差し出す。
「そう言わず、あなたはよくやっています」
優子は湯呑みを受け取ると、一口飲む。温かいお茶が口の中にじんわりと広がり、優子は小さく息を吐いた。
(とても恐かった。あのまま、死んでしまうのではないかと思った)
「あの妖怪、一体……」
「この家に住み着いている妖怪は、姿を自在に隠せる類のものかもしれません」
青紫の言葉に、優子はやはりと思う。
「それは、異能を使う妖怪、ということですか?」
青紫は頷く。
「異能を使えれば、私たち祓い屋の目もくらませることができる。思っていたより、相手は手強い」
異能を使う妖怪は妖力が強い。青紫の言う通り、相手は手強い。一筋縄ではいかないだろう。
「ちょ……ちょっと待って下さい。異能って……なんですか?」
二人の話を聞いていた誠一郎が、困惑気に言う。
「妖怪の中には、特殊な術を使うものがいます。私たちは、彼らのその能力を異能と呼んでいます」
「姿を隠せるなんて、そんな妖怪を、どうやって……」
誠一郎が頭を抱えるのも無理はない。姿が見えない相手と対峙するのは、容易ではない。さっきのように、後ろから覆い被さられでもすれば、命がいくつあっても足りないだろう。
「もしかすると、あなたの特別な力に惹かれて、姿を表したのかもしませんね」
そう、青紫は優子に目を向け言う。ヒトツメ鬼もそうだが、妖怪がそこまで惹かれる優子の特別な力とは、一体、何なのだろうか。
「また襲ってくるやもしれない。そうなる前に、祓ってしまいましょう。っと、その前に……誠一郎さんに一つお聞きしたいことが」
「なんでしょうか」
「玄関に護符を貼っていましたが、あれは?」
青紫の問いに、誠一郎は首を傾げるが、すぐに思い出したかのように「ああ」と言う。
「あれは、妖怪に怯えて、父が貼ったものです」
「いつから?」
「以前、青紫さんが来てくださって、すぐのことだったかと」
「……なるほど」
顎に片手をあて、何やら考え込む青紫。
「少し、お待ちを」
そう言い、ソファから腰を上げると、青紫は客間から出ていく。
「……本当に、妖怪が見えるんだね」
そう言った誠一郎は、申し訳なさそうにしている。
「嘘だと思いましたか」
「……ごめん……」
「いいえ、それが普通ですから」
大人になって気づいたが、人はみな、目に見えるものを判断基準としている。頭ではそうではないと思っている人間でも、無意識のうちに、目に見えたものを情報として、相手のことを己の物差しで勝手に測ってしまう。そんな生き物に、妖怪が見える。なんてことを信じてもらうことは、極めて難しい。
「でも、僕にとっては心強い。青紫さんも、君も」
「……なら、よかったです」
優子がそう言ったっところで、青紫が客間に戻ってくる。
「今からその妖怪を呼び出して祓います。ですので、護符を剥がしていただきたい」
「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
優子の問いに、青紫は小さく頷く。
「あの護符があると、妖怪は外には出られない。そもそも、それが良くないのですよ。それに、祓ってしまえば、何の問題もありませんから」
青紫は優子の前に片膝をつくと、顔色を確認するように、優子の顔を覗き込んだ。
「私は先に行って準備を始めます。優子さんはもうしばらく、ここで休んでいてください」
そう言い、立ち上がる青紫。
「いえ、私も行きます」
優子はソファから立ち上がる。
「無理は禁物と言ったでしょう? あなたは妖力が強いですが、その分、妖怪に力を吸われやすい。さっきだって、妖力を吸われていたはずです。それに……あなたを囮にするような真似は、したくないんです」
目を伏せそう言った青紫。その表情は、とても心苦しそうだ。
「青紫さんが私を心配してくれているのは分かっています。でも、何もせずに見ているだけなんて、嫌なんです。わがままを言ってすいません。でも、役に立てるなら、囮でもなんでも構いません。私ならできます。やらせてください」
優子は自分の意思の強さを証明するかのように、青紫を見据えた。ぶつかり合う二人の視線。やがて青紫が小さくため息をついた。
「まったく……どうしてあなたはこうも頑固なのでしょうか」
そう言うと、青紫は仕方がないと、小さく笑みを浮かべた。
「二十分後に庵が来ます。いくつか道具を持って来させたので、私の指示のもと、設置してください」
「はい……!」
「少しは落ち着きましたか?」
「すいません……。不甲斐ないです」
気を落とす優子に、青紫は優しく微笑むと、テーブルの上に置かれた湯呑み持ち、差し出す。
「そう言わず、あなたはよくやっています」
優子は湯呑みを受け取ると、一口飲む。温かいお茶が口の中にじんわりと広がり、優子は小さく息を吐いた。
(とても恐かった。あのまま、死んでしまうのではないかと思った)
「あの妖怪、一体……」
「この家に住み着いている妖怪は、姿を自在に隠せる類のものかもしれません」
青紫の言葉に、優子はやはりと思う。
「それは、異能を使う妖怪、ということですか?」
青紫は頷く。
「異能を使えれば、私たち祓い屋の目もくらませることができる。思っていたより、相手は手強い」
異能を使う妖怪は妖力が強い。青紫の言う通り、相手は手強い。一筋縄ではいかないだろう。
「ちょ……ちょっと待って下さい。異能って……なんですか?」
二人の話を聞いていた誠一郎が、困惑気に言う。
「妖怪の中には、特殊な術を使うものがいます。私たちは、彼らのその能力を異能と呼んでいます」
「姿を隠せるなんて、そんな妖怪を、どうやって……」
誠一郎が頭を抱えるのも無理はない。姿が見えない相手と対峙するのは、容易ではない。さっきのように、後ろから覆い被さられでもすれば、命がいくつあっても足りないだろう。
「もしかすると、あなたの特別な力に惹かれて、姿を表したのかもしませんね」
そう、青紫は優子に目を向け言う。ヒトツメ鬼もそうだが、妖怪がそこまで惹かれる優子の特別な力とは、一体、何なのだろうか。
「また襲ってくるやもしれない。そうなる前に、祓ってしまいましょう。っと、その前に……誠一郎さんに一つお聞きしたいことが」
「なんでしょうか」
「玄関に護符を貼っていましたが、あれは?」
青紫の問いに、誠一郎は首を傾げるが、すぐに思い出したかのように「ああ」と言う。
「あれは、妖怪に怯えて、父が貼ったものです」
「いつから?」
「以前、青紫さんが来てくださって、すぐのことだったかと」
「……なるほど」
顎に片手をあて、何やら考え込む青紫。
「少し、お待ちを」
そう言い、ソファから腰を上げると、青紫は客間から出ていく。
「……本当に、妖怪が見えるんだね」
そう言った誠一郎は、申し訳なさそうにしている。
「嘘だと思いましたか」
「……ごめん……」
「いいえ、それが普通ですから」
大人になって気づいたが、人はみな、目に見えるものを判断基準としている。頭ではそうではないと思っている人間でも、無意識のうちに、目に見えたものを情報として、相手のことを己の物差しで勝手に測ってしまう。そんな生き物に、妖怪が見える。なんてことを信じてもらうことは、極めて難しい。
「でも、僕にとっては心強い。青紫さんも、君も」
「……なら、よかったです」
優子がそう言ったっところで、青紫が客間に戻ってくる。
「今からその妖怪を呼び出して祓います。ですので、護符を剥がしていただきたい」
「そんなことをして、大丈夫なんですか?」
優子の問いに、青紫は小さく頷く。
「あの護符があると、妖怪は外には出られない。そもそも、それが良くないのですよ。それに、祓ってしまえば、何の問題もありませんから」
青紫は優子の前に片膝をつくと、顔色を確認するように、優子の顔を覗き込んだ。
「私は先に行って準備を始めます。優子さんはもうしばらく、ここで休んでいてください」
そう言い、立ち上がる青紫。
「いえ、私も行きます」
優子はソファから立ち上がる。
「無理は禁物と言ったでしょう? あなたは妖力が強いですが、その分、妖怪に力を吸われやすい。さっきだって、妖力を吸われていたはずです。それに……あなたを囮にするような真似は、したくないんです」
目を伏せそう言った青紫。その表情は、とても心苦しそうだ。
「青紫さんが私を心配してくれているのは分かっています。でも、何もせずに見ているだけなんて、嫌なんです。わがままを言ってすいません。でも、役に立てるなら、囮でもなんでも構いません。私ならできます。やらせてください」
優子は自分の意思の強さを証明するかのように、青紫を見据えた。ぶつかり合う二人の視線。やがて青紫が小さくため息をついた。
「まったく……どうしてあなたはこうも頑固なのでしょうか」
そう言うと、青紫は仕方がないと、小さく笑みを浮かべた。
「二十分後に庵が来ます。いくつか道具を持って来させたので、私の指示のもと、設置してください」
「はい……!」
