人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

庭の薔薇が咲き誇る、暑い夏の日、最後の一筆を動かし終えると、優子は額の汗を拭った。筆を置くと、札を持ち上げ、隣で覗き込んでいる青紫に見せる。
「どうですか?」
札を受け取って見た青紫は、口元に笑みを浮かべた。
「上出来です。さすが、術の扱いも上手いですね。初心者でここまでできる人は、なかなかいませんよ」
青紫の褒め言葉に、優子は嬉しくて頬を緩ませた。
ここ数日、優子は青紫に教えてもらいながら、札に術を書き込む練習をしていた。己の妖力を組みこませながら、札に術を書き記す。近づいてきた妖怪を追い払うのに使える、目眩しの術だ。祓い術してはかなり簡単なものだが、まだ妖力を使いこなすことができない優子にとっては一苦労。しかし、こんなちっぽけなことでも、何もできないよりはいい。何かあった時、自分身を自分で守れるようにしたい。何よりも、青紫を支えていけるように。
「少し休みましょうか」
「いえ、まだ大丈夫です」
優子はそう言い、再び筆を持つ。
「無理は禁物ですよ。一休みしましょう」
そう言い、青紫は優子の手から筆をひょいっと取り上げる。
「ね?」というように優子に優しく微笑む青紫。
「では、少しだけ」
青紫の労りに、優子は甘えることに。
「ここまでできれば、あとは実践で経験を積むといいでしょう」
「実際に、妖怪に使うということですか?」
「ええ」
そうなると、多少なりとも、妖怪に痛い思いをさせてしまう。
思い詰めた顔をするが、すぐに首を横に振る優子。
そんなこと、分かり切っていたことだ。
「無理しなくていいんですよ」
優子を気遣うように、明るくそう言う青紫。優子にとって、妖怪は人間と等しく対等な存在であり、ウサギを大切に思うように、妖怪に対して特別な想いがある。妖怪を無闇に傷つけたくない。だが、青紫の力になりたい。
「あなたは私とは違って、妖怪を想う心がある」
(私とは違って……)
__半妖ごとき。
あの時、ヒトツメ鬼が放ったその言葉に、青紫は酷く反応しているように見えた。
「……青紫さんは、妖怪を憎んでいますか。自分が、嫌い……ですか」
問う優子に、青紫はなんとも言えない表情で黙り込む。青紫が妖怪を憎んでいるのは、自分が妖怪の血を引いているから。青紫は自分を愛せない。それは、その存在を他者から否定され続けたからではないだろうか。
「私は……ずっと、寂しいと思う気持ちや、虚しいという感情が、分かりませんでした。でも……あなたに出会って、少しは分かるようになった」
自分の心を整理するように、ゆっくりとした口調で、静かにそう言った青紫は、悲し気に、力のない笑みを浮かべた。
そんな青紫に、優子の胸は痛みを感じる。
「安心してください。私は自分を嫌ってなどいません。少なくとも、あなたに出会ってからは」
「青紫さん……」
こう言う時、なんて言ったら良いのか。青紫は優子が辛かった時、いつも優子が欲しい言葉をくれた。
(それなのに、私はこうして暗い顔をすることしかできない)
いつだって、自分の無力さばかりを痛感する。だからこそ、強くなりたい。優子はそう思っていた。
休みも程々にして、再び筆を取ろうとした時だった。
「若様」
手紙を手に、多江がやって来た。青紫は立ち上がると、多江から手紙を受け取る。手紙を読んだ青紫は、優子に向き直る。
「依頼がきました」