人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

青紫とデートをして、うさぎと再会できた日の夜、お風呂に入り、化粧台で髪をとかしていた優子の元に、青紫がやって来た。
「私です。入ってもよろしいですか」
優子は鏡を見ながら手早く髪を整えると、姿勢を正した。
「ど、どうぞ!」
襖が開かれ、青紫が入ってくる。青紫は椅子に座る優子の目の前に正座をした。
「これを」
差し出されたのは、薄く細長い箱。
「……これは?」
「開けてみてください」
膝の上に箱を置いた優子は、慎重な手つきで箱の蓋を開ける。
「これって……」
箱の中に入っていたのは、昼間、優子が帝都で見ていた、紫色の花柄が描かれた、気品あるスカーフだった。
「お母様のスカーフの代わりには、ならないかもしれませんが、私からの気持ちです」
優子は感動した様子でスカーフを見つめると、青紫を見る。
「手に取ってみても?」
頷く青紫。優子は箱からスカーフを取り出す。昼間は気づかなかったが、スカーフはグラデーションになっていた。透明感があることで、紫という気品ある色がより美しく目に映る。
「すごく綺麗……」
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんです。とっても嬉しい……。ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む優子に、青紫は安堵した表情を浮かべた。
「私も、悪いと思っているのですよ。この間のこと」
青紫が言うこの間のこととは、ヒトツメ鬼を祓った時のことだろう。
真っ直ぐに向き合おうとしてくれている青紫に、優子も正直に自分の気持ちを伝えるべきだと思った。
「……あなたの妖怪に対する扱いは、賛同できません。ですが、私を守るためにしてくださってことだと、理解してます。ウサギのことも、スカーフも、ほんと、なんとお礼を言ったらいいのか……」
自分はいつも、青紫にもらってばかりだ。
「礼には及びません。いつも側で支えてくださっているのですから。それに……私がしたくて、したことですから」
あの日の青紫は、冷酷無慈悲という言葉そのものだった。だが、優子にとって青紫と言う人物は、とても優しく、自分を理解してくれる唯一無二の存在。青紫を嫌いになることなど、できるはずがない。
「……もう、喧嘩するのは嫌です」
そう言い、優子は表情を暗くし俯く。そんな優子の片手に、青紫の冷たい片手が重なる。
「そうですね、私も喧嘩は嫌です。できればこれっきりにしたい。ですが、そうもいかないのが、夫婦というものでしょう」
優子はもう片方の手を、青紫の手の上に重ねる。
「もし……この先も、今回のように意見が食い違うようなことが起きても、互いを理解しようと、寄り添い合っていきましょう。顔を合わせたくない日があっても、いってきます、お帰りなさいは、言い合いましょう」
「ええ……そうですね」
青紫の真摯な眼差しが優子を見つめる。
「改めて。優子さん、私と夫婦になってくれて、ありがとうございます」
「本当に改まってですね」
そう、クスりと笑みをこぼす優子。
「伝えたい時に伝えないと。ほら、人生はいつどうなるか分からないでしょ?」
「黒羽さんは、よくおかしなこと言いますよね」
優子が笑みをこぼしながらそう言うと、青紫はどこか不満そうな顔をする。
「黒羽さん、いつまでそう呼ぶつもりですか」
「え?」
「あなただって、黒羽でしょ? 黒羽さんではなく、青紫__と呼んでください」
言われてみれば、結婚してからも、優子は青紫を苗字で読んでいる。夫婦なのに夫を苗字で呼ぶのも変な話だ。元に、青紫は優子のことを名前で呼んでくれている。だが、急に呼ぶのも抵抗があると言うものだ。
優子が青紫を一瞥すると、青紫は優子に名を呼ばれるのを待っている様子だ。
優子は覚悟を決めるかのように小さく深呼吸をした。そして、恥ずかしそうに顔を俯けると、少しの間を空け言う。
「……青紫さん」
優子がゆっくりと青紫に目を向けると、青紫は見たことないくらいに、幸せそうに笑った。
「はい、優子さん」
名前を呼ばれ、優子の胸は大きく高鳴る。幸せというものは、溢れんばかりにある。満月が空に浮かんでいたこの日、優子はそう思った。