優子が人気のない裏庭に来ると、月光に照らされる青紫の姿を見つけた。
(あっ……)
「黒羽さ__」
声をかけようとするが、後ろから伸びてきた片手に口を塞がれる。お腹に腕を回されると、そのまま茂みに連れ込まれる。口を覆っていた手が離され横を見ると、庵の姿がある。その隣には、肩で息をしている薊もいた。
「庵くん……九条さんまで。あの、あそこに黒羽さんが」
「静かに」
優子は庵に肩をぐいっと押され、三人はしゃがみ込んだまま、茂みの隙間から青紫の様子を伺う。
「あいつ、こんなところで何をしようと」
地面には陣が書かれている。暗くてあまりよく見えないが、あの陣には邪悪なものを感じた。
眉間に皺を寄せながら陣を凝視していた薊が、ハッとした顔をする。
「あいつ……まさか、この場に妖怪を呼び出して、祓おうとしてるのか?」
「この場に妖怪を呼び出す……? そんなこと、できるんですか?」
「できねぇことはないが、まったく別の場所にいる妖怪を呼び出すのは、ここらをほっつき歩いている妖怪を呼び出すのと訳が違う。かなりの妖力を使うはずだ」
「それって、危険なのでは……」
陣の真ん中に立った青紫は、胸の前に片手を構えると呪文を唱え始める。そのまま呪文を唱え続けながら、青紫は懐に片手を入れると、空に向かって小さな紙切れのようなものを飛ばした。その中には黒く焼けこげたようなものもある。それはひらひらと舞い降り、青紫の周りを浮遊する。
(あれって……私のスカーフ……!)
青紫が紙切れと共に飛ばしていたのは、優子のスカーフの破片だった。
青紫は目を閉じ、静かに陣の中に立っている。
空に舞ったスカーフの破片が、地面に落ちた時だった。
(何……この感じ)
変な感じだ。何か大きなものがこちらに近づいている。体の芯がゾワゾワとして、落ち着かない。優子が息を呑みその光景に見入っていると、木が不規則に揺れ出す。
「……きたか」
ゆっくりと目を開けた青紫の呟きとほぼ同時に、台風のような強い風が吹く。
「っ……!!」
薊は飛ばされそうになる優子と庵の体を押さえ込み、頭を伏せさせる。風はすぐにおさまり、顔を上げた優子は大きく目を見開いた。
(あれは……!!)
青紫の目の前には、優子を襲ったヒトツメノ鬼がいた。
「ドコダァァァ……!! ドコニイルゥゥゥ……!!」
ヒトツメ鬼はかなり苛立っている様子だ。
「おいあれ……! ヒトツメ鬼じゃねぇか……!」
隣でその光景を見ていた薊が、心底驚いた様子でそう言う。
「あいつ、ヒトツメ鬼を祓おうとしてんのか!?」
「あの妖怪、やっぱり強いんですか?」
「強いってか、あいつはただ力だけを求めて彷徨い続けている。イカれ方の格が違う。こりゃ大変だぜ……」
青紫は不敵な笑みを浮かべ、ヒトツメ鬼を見上げている。ヒトツメ鬼は今にでも青紫を食べてしまいそうな勢いだが、青紫に臆する様子は微塵もない。
「来ると思いましたよ」
「ヨコセェェ……ハヤクヨコセェェェエ……!!!」
記憶違いだろうか。ヒトツメ鬼は前よりも大きくなっているような気がした。
(まさか、本当に人を食べて……)
「この陣の中に入った時点で、お前の負けは決まっている。本当は体が痛くて仕方がないくせに……クククッ……」
まるで何かのゲームをしているかのように楽しそうに笑いそう言う青紫。その挑発とも思える姿に、ヒトツメ鬼は更に苛立つ。
「ウルサイダマレ……アノムスメハワタシノモノダ。オマエナドニワタサン」
(あの娘って、私のことよね)
「ハンヨウゴトキガ、ワタシニカテルトオモウウナヨ……!!」
ヒトツメ鬼が声を荒げながら叫び、青紫に襲い掛かろうとする。
優子は咄嗟に、隠れていた茂みから立ち上がった。
「黒羽さん……!!」
緊迫した優子の声に、青紫は一瞬だけ反応したが、素早く目の前にいるヒトツメ鬼に向かって持っていた弓を構えると、躊躇することなくヒトツメ鬼に向かって弓を放つ。
「ッウアァァァァ……!!!!」
耳が割れてしまいそうなほどに苦痛な悲鳴が響き渡り、優子たちは耐えきれず耳を塞ぐ。放たれた矢の先端には、白い紙がついている。陣、同様、あの紙には妖怪が嫌がる呪いが吹き込まれているようだ。
ヒトツメ鬼の目から、真っ赤な血が溢れ出る。
「……アノ、ムスメ……アノ、ムスメヲ……ヨコ、セェェ……」
「これだけ痛ぶっても、まだ力を求めるとは、傲慢な奴だな」
衰退しているヒトツメ鬼。だが、青紫は手を緩める気はないのか、胸の前で片手を構えると、再び呪文を唱え始めた。
目の前には顔を背けたくなるような悲惨な姿の妖怪がいるというのに、青紫の顔には、怖いくらいの笑みが浮かんでいる。
それはまるで、あやかし祓いを楽しんでいるようだった。
ヒトツメノ鬼は頭を押さえ込みながら泣き叫び出す。
「イタイ……! イタイイタイイタイッ……!!」
呪文が更に強まったのか、ヒトツメの鬼は崩れ落ちるようにその場にうなだれる。青紫の呪文の声が大きくなるにつれ、ヒトツメ鬼の苦痛な叫び声も大きくなる。その残虐な光景と、耳を塞ぎたくなるような叫び声に、優子の両の目には涙が浮かぶ。
「ダメよ……やめて……」
引き込まれるように茂みを出ようとする優子の腕を、庵が力強く掴む。
「邪魔しないで。若がこのために、どれだけの犠牲を払っていると思っているのさ」
「でも……」
(こんなの……間違っている)
優子は庵の手を力づくに振り解くと、茂みから走り出し、庇うようにヒトツメ鬼の前に立つ。
「やめてください! 黒羽さん!」
両手を広げ、目の前に立ちはだかる優子に、青紫は驚いたように目を大きく見開く。
「退きなさい」
「退きません。これがあなたのいう祓い屋なんですか」
優子のその言葉に、青紫は一瞬、ためらうような表情を見せたが、冷酷な瞳で優子を見下ろすと、優子の腕を掴み、力づくで陣の外に投げ出す。
「きゃあ……!」
押し出された勢いで、後ろ向きで倒れ込みそうになった優子を、茂みから出てきた薊がキャッチする。
陣は青く光り始め、眩しい光を放つ。
「ダメ……!!」
優子の声も虚しく、ヒトツメ鬼は光に吸収され、姿を消した。着ていた着物も残らず、存在していたことが嘘のように、跡形もなく消えたのだ。
「……そんな……」
力なく、その場に座り込む優子。青紫は持っていた弓を包にしまいながら、毅然とした態度で優子を見据える。
「私でなければ、死んでいましたよ」
優子は両手の拳を握りしめ、青紫を見上げた。
「どうして……どうしてあんなことをするんですか!」
「あの妖怪が、あなたに危害を加えるからです」
淡々と答える青紫に、優子はあの祓い屋が言っていたことを思い出した。
青紫は血も涙もない、冷酷無慈悲な男だと。青紫は、そんな人じゃないと思っていた。
「っ……だからって……あんまりです……!!」
(痛がっていた……泣いていた……)
「妖怪にだって感情があるんです。痛みだって感じる。それをあなたは、モノのように扱って、痛ぶって、楽しんでいた……」
青紫は優子から顔を背けると、深いため息をつく。それは呆れからなのか、嫌気からなのか、優子には分からない。
「……あなたは、本当に甘いですね……」
そう言った青紫の瞳は、海水のように冷めていた。
「妖怪になど、心を許すべきじゃない」
それは、酷く冷めた口調だった。この時、優子は気づいたのだ。青紫は多分、妖怪を憎んでいる。それは、己自身が妖怪の血を引いてるからなのかもしれない。っと……。
いつの間にか、優子の両の目からは涙が流れていた。
(あれ……どうして私、泣いているの……)
慌てて涙を拭おうとして、優子は両手で涙を払う。痛がる妖怪を目の前にしたからなのか、青紫の非情さを知ったからなのか。もう色んな感情が混ざって、涙が止まらなかった。
優子が座り込んだまま泣いていると、青紫は優子の目の前にしゃがみ込んだ。
「……すいません。泣かせるつもりはなかったのですが」
優子を見ることができないのか、青紫は俯いたままそう言うと、冷たい指先でそっと優子の涙を払い、弱々しい声で恐る恐ると尋ねる。
「私を、嫌いになりましたか……」
優子は無言で首を横に振った。
(それは、ないけど……)
「あなたが近く見えたり、遠く見えたりするのが、苦しいんです……」
優子はゆっくりと片手を動かし、そっと青紫の左目に触れる。その拍子に、長い前髪が優子の指に掬い取られ、青紫の赤い瞳が垣間見える。
「あなたのこの瞳は、こんなにも綺麗なのに、どうしてこんなことをするのですか……?」
優子のその言葉に、青紫の赤い瞳は困惑したように大きく揺れ動いた。
ゆっくりと顔を上げた青紫は、心苦しそうな目で優子を見た。その目には、海水のような冷たさは無くなっている。
(分からない……どれが本当の彼なのか)
優しい人だと思えば、冷酷な一面もある。と思ったら、また優しくなった。
優子の凛とした瞳は混乱を抱えながら、青紫を見つめる。青紫は優子の背中に片手を回すと、ゆっくりと、優子を引き寄せ、抱きしめた。肩と肩が触れ合っているのかいるのか定かではないその距離に、青紫からの困惑が伝わる。何を言ったらいいのかも分からないのか、青紫はただ優子を抱きしめ続けた。
大切な宝物が壊れてしまうことを、離れゆくことを恐れながら。
(あっ……)
「黒羽さ__」
声をかけようとするが、後ろから伸びてきた片手に口を塞がれる。お腹に腕を回されると、そのまま茂みに連れ込まれる。口を覆っていた手が離され横を見ると、庵の姿がある。その隣には、肩で息をしている薊もいた。
「庵くん……九条さんまで。あの、あそこに黒羽さんが」
「静かに」
優子は庵に肩をぐいっと押され、三人はしゃがみ込んだまま、茂みの隙間から青紫の様子を伺う。
「あいつ、こんなところで何をしようと」
地面には陣が書かれている。暗くてあまりよく見えないが、あの陣には邪悪なものを感じた。
眉間に皺を寄せながら陣を凝視していた薊が、ハッとした顔をする。
「あいつ……まさか、この場に妖怪を呼び出して、祓おうとしてるのか?」
「この場に妖怪を呼び出す……? そんなこと、できるんですか?」
「できねぇことはないが、まったく別の場所にいる妖怪を呼び出すのは、ここらをほっつき歩いている妖怪を呼び出すのと訳が違う。かなりの妖力を使うはずだ」
「それって、危険なのでは……」
陣の真ん中に立った青紫は、胸の前に片手を構えると呪文を唱え始める。そのまま呪文を唱え続けながら、青紫は懐に片手を入れると、空に向かって小さな紙切れのようなものを飛ばした。その中には黒く焼けこげたようなものもある。それはひらひらと舞い降り、青紫の周りを浮遊する。
(あれって……私のスカーフ……!)
青紫が紙切れと共に飛ばしていたのは、優子のスカーフの破片だった。
青紫は目を閉じ、静かに陣の中に立っている。
空に舞ったスカーフの破片が、地面に落ちた時だった。
(何……この感じ)
変な感じだ。何か大きなものがこちらに近づいている。体の芯がゾワゾワとして、落ち着かない。優子が息を呑みその光景に見入っていると、木が不規則に揺れ出す。
「……きたか」
ゆっくりと目を開けた青紫の呟きとほぼ同時に、台風のような強い風が吹く。
「っ……!!」
薊は飛ばされそうになる優子と庵の体を押さえ込み、頭を伏せさせる。風はすぐにおさまり、顔を上げた優子は大きく目を見開いた。
(あれは……!!)
青紫の目の前には、優子を襲ったヒトツメノ鬼がいた。
「ドコダァァァ……!! ドコニイルゥゥゥ……!!」
ヒトツメ鬼はかなり苛立っている様子だ。
「おいあれ……! ヒトツメ鬼じゃねぇか……!」
隣でその光景を見ていた薊が、心底驚いた様子でそう言う。
「あいつ、ヒトツメ鬼を祓おうとしてんのか!?」
「あの妖怪、やっぱり強いんですか?」
「強いってか、あいつはただ力だけを求めて彷徨い続けている。イカれ方の格が違う。こりゃ大変だぜ……」
青紫は不敵な笑みを浮かべ、ヒトツメ鬼を見上げている。ヒトツメ鬼は今にでも青紫を食べてしまいそうな勢いだが、青紫に臆する様子は微塵もない。
「来ると思いましたよ」
「ヨコセェェ……ハヤクヨコセェェェエ……!!!」
記憶違いだろうか。ヒトツメ鬼は前よりも大きくなっているような気がした。
(まさか、本当に人を食べて……)
「この陣の中に入った時点で、お前の負けは決まっている。本当は体が痛くて仕方がないくせに……クククッ……」
まるで何かのゲームをしているかのように楽しそうに笑いそう言う青紫。その挑発とも思える姿に、ヒトツメ鬼は更に苛立つ。
「ウルサイダマレ……アノムスメハワタシノモノダ。オマエナドニワタサン」
(あの娘って、私のことよね)
「ハンヨウゴトキガ、ワタシニカテルトオモウウナヨ……!!」
ヒトツメ鬼が声を荒げながら叫び、青紫に襲い掛かろうとする。
優子は咄嗟に、隠れていた茂みから立ち上がった。
「黒羽さん……!!」
緊迫した優子の声に、青紫は一瞬だけ反応したが、素早く目の前にいるヒトツメ鬼に向かって持っていた弓を構えると、躊躇することなくヒトツメ鬼に向かって弓を放つ。
「ッウアァァァァ……!!!!」
耳が割れてしまいそうなほどに苦痛な悲鳴が響き渡り、優子たちは耐えきれず耳を塞ぐ。放たれた矢の先端には、白い紙がついている。陣、同様、あの紙には妖怪が嫌がる呪いが吹き込まれているようだ。
ヒトツメ鬼の目から、真っ赤な血が溢れ出る。
「……アノ、ムスメ……アノ、ムスメヲ……ヨコ、セェェ……」
「これだけ痛ぶっても、まだ力を求めるとは、傲慢な奴だな」
衰退しているヒトツメ鬼。だが、青紫は手を緩める気はないのか、胸の前で片手を構えると、再び呪文を唱え始めた。
目の前には顔を背けたくなるような悲惨な姿の妖怪がいるというのに、青紫の顔には、怖いくらいの笑みが浮かんでいる。
それはまるで、あやかし祓いを楽しんでいるようだった。
ヒトツメノ鬼は頭を押さえ込みながら泣き叫び出す。
「イタイ……! イタイイタイイタイッ……!!」
呪文が更に強まったのか、ヒトツメの鬼は崩れ落ちるようにその場にうなだれる。青紫の呪文の声が大きくなるにつれ、ヒトツメ鬼の苦痛な叫び声も大きくなる。その残虐な光景と、耳を塞ぎたくなるような叫び声に、優子の両の目には涙が浮かぶ。
「ダメよ……やめて……」
引き込まれるように茂みを出ようとする優子の腕を、庵が力強く掴む。
「邪魔しないで。若がこのために、どれだけの犠牲を払っていると思っているのさ」
「でも……」
(こんなの……間違っている)
優子は庵の手を力づくに振り解くと、茂みから走り出し、庇うようにヒトツメ鬼の前に立つ。
「やめてください! 黒羽さん!」
両手を広げ、目の前に立ちはだかる優子に、青紫は驚いたように目を大きく見開く。
「退きなさい」
「退きません。これがあなたのいう祓い屋なんですか」
優子のその言葉に、青紫は一瞬、ためらうような表情を見せたが、冷酷な瞳で優子を見下ろすと、優子の腕を掴み、力づくで陣の外に投げ出す。
「きゃあ……!」
押し出された勢いで、後ろ向きで倒れ込みそうになった優子を、茂みから出てきた薊がキャッチする。
陣は青く光り始め、眩しい光を放つ。
「ダメ……!!」
優子の声も虚しく、ヒトツメ鬼は光に吸収され、姿を消した。着ていた着物も残らず、存在していたことが嘘のように、跡形もなく消えたのだ。
「……そんな……」
力なく、その場に座り込む優子。青紫は持っていた弓を包にしまいながら、毅然とした態度で優子を見据える。
「私でなければ、死んでいましたよ」
優子は両手の拳を握りしめ、青紫を見上げた。
「どうして……どうしてあんなことをするんですか!」
「あの妖怪が、あなたに危害を加えるからです」
淡々と答える青紫に、優子はあの祓い屋が言っていたことを思い出した。
青紫は血も涙もない、冷酷無慈悲な男だと。青紫は、そんな人じゃないと思っていた。
「っ……だからって……あんまりです……!!」
(痛がっていた……泣いていた……)
「妖怪にだって感情があるんです。痛みだって感じる。それをあなたは、モノのように扱って、痛ぶって、楽しんでいた……」
青紫は優子から顔を背けると、深いため息をつく。それは呆れからなのか、嫌気からなのか、優子には分からない。
「……あなたは、本当に甘いですね……」
そう言った青紫の瞳は、海水のように冷めていた。
「妖怪になど、心を許すべきじゃない」
それは、酷く冷めた口調だった。この時、優子は気づいたのだ。青紫は多分、妖怪を憎んでいる。それは、己自身が妖怪の血を引いてるからなのかもしれない。っと……。
いつの間にか、優子の両の目からは涙が流れていた。
(あれ……どうして私、泣いているの……)
慌てて涙を拭おうとして、優子は両手で涙を払う。痛がる妖怪を目の前にしたからなのか、青紫の非情さを知ったからなのか。もう色んな感情が混ざって、涙が止まらなかった。
優子が座り込んだまま泣いていると、青紫は優子の目の前にしゃがみ込んだ。
「……すいません。泣かせるつもりはなかったのですが」
優子を見ることができないのか、青紫は俯いたままそう言うと、冷たい指先でそっと優子の涙を払い、弱々しい声で恐る恐ると尋ねる。
「私を、嫌いになりましたか……」
優子は無言で首を横に振った。
(それは、ないけど……)
「あなたが近く見えたり、遠く見えたりするのが、苦しいんです……」
優子はゆっくりと片手を動かし、そっと青紫の左目に触れる。その拍子に、長い前髪が優子の指に掬い取られ、青紫の赤い瞳が垣間見える。
「あなたのこの瞳は、こんなにも綺麗なのに、どうしてこんなことをするのですか……?」
優子のその言葉に、青紫の赤い瞳は困惑したように大きく揺れ動いた。
ゆっくりと顔を上げた青紫は、心苦しそうな目で優子を見た。その目には、海水のような冷たさは無くなっている。
(分からない……どれが本当の彼なのか)
優しい人だと思えば、冷酷な一面もある。と思ったら、また優しくなった。
優子の凛とした瞳は混乱を抱えながら、青紫を見つめる。青紫は優子の背中に片手を回すと、ゆっくりと、優子を引き寄せ、抱きしめた。肩と肩が触れ合っているのかいるのか定かではないその距離に、青紫からの困惑が伝わる。何を言ったらいいのかも分からないのか、青紫はただ優子を抱きしめ続けた。
大切な宝物が壊れてしまうことを、離れゆくことを恐れながら。
