人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

人通りのない一室でテーブルを挟み、向かい合わせになる青紫と紅葉。紅葉はテーブルの上に一本の矢を置いた。矢の先には、白い紙が括りつけられている。青紫は無言でその矢を手に取ると、持っていた包みから弓を取り出し、その矢を弓に通し横に構えると、不敵に笑った。
「……確かに、これならあいつをやれそうだ」
弓を下ろした青紫は満足気に弓を撫でる。
「本当のあなたを知ったら、あの子はどんな顔をするのでしょうね」
紅葉はからかうような笑みを浮かべそう言うも、青紫は聞いてか聞かずか、弓とともに矢を包みの中にしまう。
「少々、庭をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「いいけど、まさか、ここに呼び出して祓う気?」
「ここには祓い屋が多くいる。中には、あなた方、漆原一門が集めたとっておきの妖怪もいますし……」
言いながら、青紫の視線は襖にある黒い影に移る。大きな翼を持った妖怪は青紫の視線に反応してか、首だけ横に動かしこちらを見る。その様子に、青紫は面白そうにクスクスと笑う。
「もし何かあっても、大丈夫でしょう」
「……なるほど。今日ここに来たのは、それが目的だったってわけね」
昔馴染みの友人である薊に頼めば、この夜会に来てくれるかもしれないと思い、薊に青紫を連れてくるようにお願いしたものの、姿を見たときは驚いた。まさか、本当に来てくれるとは思わなかったからだ。青紫がそんな単純な男ではないことを紅葉は知っている。何か他に裏がありそうだ。そう紅葉は思っていたが、今、納得した。
「今日いただける可能性は低かったのですか、こうして無事にいただけましたから」
そう言い、青紫にニコッと微笑まれ、紅葉は小さくため息つきながら肩を落とした。
自分はまんまとこの男の作戦に乗っかたというわけだ。
元婚約者である黒羽青紫に、対妖怪用の矢が欲しいと依頼されたのは、一週間前のことだ。名門一族である黒羽家にも、妖怪を祓う際に使う妖具が保管されている、妖具庫は存在する。しかし、頭首でもなければ、家を出ている身である青紫が妖具庫に入ることは禁じられている。それゆえ、漆原一門の次期頭首である紅葉に依頼してきたのだ。
電話越しに久しぶりに聞いた青紫の声は、変わらず穏やかだったが、どこか以前よりも弾んでいるように思えた。その正体が、結婚した妻にあったことはすぐに分かった。
華族令嬢であったあの妻は、妖怪をその瞳に映すことができ、我々祓い屋と同等、いや、それ以上かもしれない何やら特別な力を持っている人物のようだった。
__あの妻は一体何者なのか。
疑問はそれだけではない。人を寄せ付けず、妖怪を忌み嫌う青紫にとって、祓い屋と妖怪がそこら辺にうようよしている夜会など、最も嫌う場。それなのに、あの妻のために夜会にまでやってきて、大物の妖怪を払おうとしている。
何に対しても一定の距離を置き、冷酷な男だった青紫の妻への溺愛っぷりに、紅葉は驚きを隠せなかった。
「綺麗な奥さんを持つと大変ね」
「確かに、優子さんは美しいです。ですが、大変なことはありませんよ」
青紫は涼しい顔をしてそう言ったが、紅葉は心の中でクスりと笑った。多大な妖力に惹かれた妖怪だけではなく、美しい容姿をしたあの妻に、祓い屋たちも釘付けになっていた。青紫はあの妻が誰かの目に留まることを快く思っていなかった。だから、周りの祓い屋に脅すように冷めた視線を送っていたのだろう。それも、あの妻に自分の冷徹さも見せたくないのか、バレないようにひっそりとだ。それは、独占欲、というものなのかもしれない。本人に自覚はないみたいだが。
立ち上がる青紫。
「もう行くの? もっとあなたと話がしたかったわ」
「時間も限られてますし。それに……」
浮かべていた笑みに影が差す。
「あの妖怪は、早く消し去ってしまいたい」
ボソっとそう言うと、部屋を出て行こうとする青紫。遠ざかっていくその背中に、紅葉は真剣な面持ちで言う。
「分かっていると思うけど、あの妖怪は異能こそ使えないけど、それなりの力を持つ。いくらあなたとはいえ、祓うにはそれなりの力を使う。代償は多いと思った方がいいわ」
紅葉の言葉に足を止めた青紫は、少しの間を空けると振り向く。その顔には、いつものように屈託のない笑みが浮かんでいた。
「ご協力、感謝いたします。このことは、どうかご内密に」
青紫が襖を開けると、大きな翼を持つ妖怪が、青紫を見据える。青紫は「フッ」と笑みをこぼすと、部屋を出た。
一人部屋に残った紅葉はため息をつく。
「ほんと、よく分からない人。でも……」
紅葉はにこりと楽しそうな笑みを浮かべる。
「何だか面白くなってきたじゃない」