人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

前園家は江戸時代に金融業で財を成し、帝から子爵の爵位を与えられた華族。現在は帝都にいくつもの銀行を経営するまでに成長を遂げた。
幼い頃に母を亡くした優子は、遠縁であるこの前園家へ養女として引き取られた。優雅な暮らしに、華やかな社交の場、側から見れば、優子は何不自由なく育ったお嬢様。だが、前園家は優子にとって、幸せな人生を送れる居場所ではなかった。
養父の新之助は、野心の強い男で、上にのし上がるためなら手段を選ばない。妻で養母にあたる小百合は、体裁をばかりを気にしてお金に目が眩む女だった。
優子は帝都でも騒がれる美しい容姿をしている。少し釣り上がった猫のような目に、神秘的なヘーゼル色の瞳。筋の通った小さく高い鼻に、肌は陶器のようにシミひとつなく滑らかで、リリーの花のように白い。何よりも優子の美しさを際立たせていたのは、黄金色に輝く髪だ。
優子が前園家の養子になったのは、養父母に愛されているからではない。
__家のための道具。
美しい優子は、養父母にとって、さらなる儲け話に役立つモノだった。
「この親不孝もの!」
小百合は怒りあらわにそう叫ぶと、刺すような鋭い目で優子を睨んだ。
二人の前に正座をしていた優子は、部屋の一点を見つめ俯いた。
自宅に戻ってすぐ、優子は誠一郎の屋敷であったことを二人に話した。誠一郎の結婚が破談となったことを知った小百合は激怒。新之助は呆れてものも言えない様子だ。
深いため息をつく新之助。
「苦労して取り付けた婚姻だったというに……優子、お前は一体何がしたいのだ?」
優子はこれまで幾度も見合いをしてきたが、その全て断っていた。
理由は単純だ。自分の容姿と家柄しか見ていない除け者しかいなかったから。勝手に縁談を断る優子に、小百合は皮肉を言ってきたが、新之助は人脈を広げられる良い機会だと、優子にお見合いをさせ続けた。
そんな中、唯一、婚約した相手が誠一郎だった。
強く惹かれていたわけではない。だが、誠一郎の優しく気遣いのできる人柄に、この人だったら良い夫婦になれるかもしれない。優子はそう思い、誠一郎との縁談を了承した。
だが、結局、誠一郎も他の人と同じだった。
自分のことなど愛していない。
(私は誰にも愛されない……)
優子は深い孤独を感じた。
「お前も分かっているだろう。前園家にとって、長沼家がどれほど利益となる存在か」
誠一郎は貿易会社を経営する伯爵家の嫡男で、優子より四つ年上の二十二歳。家督こそまだ継いではいないものの、優子が見合いをしてきた中で、家柄、財力、地位、どれを取っても秀でていた。それに加え、長沼家は前園家が経営する銀行の大手取引先。優子が長沼家へ嫁ぐことは、事業のさらなる発展と前園家の繁栄を意味していた。
新之助はこの結婚にかけていたのだ。
「まったく……浮気ぐらい、目を瞑ればいいものを」
呆れたような小百合の物言いに、優子は俯けていた顔を上げ小百合を見る。
(浮気ぐらい……?)
「誠一郎さんが他の女性と関係を持っているのに、知らないふりをしろというのですか?」
「そうよ」
小百合はさも当然のようにそう言った。
「だいたい、その程度のことを我慢できずにどうするのよ」
(我慢……? 裏切りを我慢しろというの?)
華族の男に愛人の一人や二人はつきもの。地位のある男とはそういうものだ。多くの華族の妻がそう思おうとも、一人の女性を愛せないような男と共に生きることは、優子にとって耐え難い苦痛だった。
何も言わずにじっと見てくる優子に、小百合は気に食わなさそうに目を細める。
「何よその目は。ほんと生意気な子。それにその髪……」
忌々しいものでも見るかのように、小百合は優子の髪に視線を移す。
「ほんと目障り。いっそ染めればいいものを。興味ありませんみたいな顔をしておいて、結局は男の視線を引きたいんでしょ?」
別に好きでこの髪色で生まれてきたわけではない。
嫌味ったらしい小百合に、優子は悔しさと怒りを感じ、我慢できなかった。
「それは小百合さんの方では?」
蔑んでくる小百合に、優子は冷静に言い返す。
「いつもお化粧をバッチリとされていて、特に男性の訪問がある際には、濃いかと」
「なっ……何ですって……!?」
優子の嫌味を含んだ物言いに、小百合は沸騰したやかんのように頬を赤く染め叫ぶ。
優子は淡々と小百合に詰め寄る。
「私の髪も染めようと思えばいくらでもできたはず。そうさせなかったのも、私をより地位と財力のある男性と結婚させ、自分が優位に立ちたかったからでは?」
「っ……あなたね……!」
図星をつく優子に、腹を立てた小百合は立ち上がる。
「親に向かってなんて口の聞き方。誰かあなたをここまで育てたと思っているのよ!」
(あなたを親だと思ったことなんて、一度もない)
小百合は上部だけを取り繕う人間。外では気前の良い養母を演じ、一度屋敷に戻れば、冷ややかな視線を送り嘲笑う。
愛情なんてもの、欠片でももらったことはない。
優子と小百合の言い合いが聞くに耐えなかったのか、新之助が仲裁するかのように咳払いをする。
「……とにかく、この話は決定事項だ。優子、お前は誠一郎くんと結婚してもらう」
そう言うと、新之助は立ち上がる。
「今から謝りに行くぞ」
長沼家へ足を運ぼうとする新之助。だが、優子は座ったまま動かない。
「__優子」
新之助の冷えついた声に、優子は身をすくめる。有無を言わせない冷酷な瞳に見下ろされている。
分かっている。この家で自分の意見が通ることはない。今までもずっとそうだった。何をするのも、どこへ行くのも、全て決められていた。自分は前園家の道具で、選択権はない。
結婚すれば自由の身になれるかもしれないと、期待した時もあった。だが、それは本物の自由ではない。かといって、家を出たところで一人で生きていく力などないし、二人に連れ戻されるのがおちだ。
全てを変えることはできないかもしれない。だからせめて、自分に嘘をつく生き方だけはしたくなかった。
優子は顔を上げると姿勢を正し、新之助を見上げる。
色素の薄い瞳が、花のように凛とし、新之助を見据える。
「私は、誠一郎さんとは結婚しません」
キッパリとそう告げると、優子は立ち上がり、小百合と新之助の前を通り過ぎる。
「待ちなさいっ……!」
引き止めるも聞く耳を持たず居間を出ようとする優子に、小百合は悔しそうに歯を食いしばる。
「っ……あんたみたいな気味の悪い女、誰が相手してくれるっていうのよ! 妖怪が見えるなんていう頭のおかしな女、誰も好きになりゃしないわ……!!」
__妖怪が見える。
その言葉に、優子の足は止まる。
(っ……そんなこと、私が一番分かってるわよ……)
優子は両手を強く握りしめると、小百合に何かを言い返すことなく、静かにその場を立ち去る。
急足で屋敷の廊下を歩く優子。すれ違う使用人たちは事の事情を察したようにハッとした顔をすると、廊下の端に寄り、すれ違うまで優子に頭を下げ続ける。小百合との喧嘩で使用人たちには窮屈な思いをさせてしまって悪いとは思っている。だが、あんなことを言われて黙っているほど、優子は寛大にはなれない。