人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

「お久しぶりでございます」
屈託ない笑みを浮かべた青紫が居間に入ると、新之助と小百合は冷めた目で青紫を見てくる。そんな二人の様子など微塵も気にすることなく、青紫は向かいにあるソファに腰を下ろした。
「お二人ともお元気でしたか?」
その問いかけに、新之助は苛ついた様子で青紫を見据える。
「御託はいい」
「冷たいですね、これでも一応、義理の息子なのですが」
肩をすくめ傷ついた演技をしながら、青紫はため息混じりにそう言う。小百合は気が立っているのか、青紫からプイッと顔を背けている。そんな小百合を見て、青紫は密かに笑う。
(いい気味だ……)
「お前から連絡が来た時は驚いたものだ。まさか、祓い屋なんてものがこの世に存在しているとはな」
「目に見えているものが全てとは限らない……ということです」
「はっ……」
新之助は馬鹿にしたように青紫を笑う。
住む家がなくなっていた二人を、青紫は別邸に住まわせていた。もちろん、優子には内緒で。多額の借金を背負ったあげく屋敷が全焼。事実上、前園家は没落したも同然。なんとか体勢を立て直そうとしているようだが、それは無理だろう。爵位を返上するのも時間の問題。今の前園家は、青紫のバックアップなしには生きていけない。
いいざまだ。
青紫は唇に嘲笑うような笑みを浮かべた。
「そう苛立たないで下さい。あなた方にお会いするのも、これが最後ですから」
青紫は地面に置いていた黒いケースをテーブルの上に置くと、ケースを開ける。中に入っている札束の山に、新之助と小百合の目は釘付けになる。
「あなた方がこれまで彼女にしてきたこと……許すつもりは毛頭ない。ですが、私は寛大です。この金で、一からやり直すチャンスを与えましょう」
口元には笑みが浮かび、口調も穏やかだが、青紫のその目はずっと笑っていない。ケースから顔を上げた新之助は、真意を探るかのように目を細め、青紫を見る。
「何が望みだ」
新之助の問に、青紫は待ってましたと不敵に微笑む。
「私が望むことは二つ。何、簡単なことですよ」
警戒する新之助に、青紫は片手の人差し指を立てる。
「一つ、戸籍上、あなた方は彼女の養父母ではなく他人になる」
続けて中指も立てる。
「二つ、今後一切、彼女との関わりを断ち切っていただきます」
「そんな一方的な要求を、こちらが呑むとでも?」
青紫は優雅な動作で片手を膝の上に戻す。
「何か勘違いしているようなので言いますが、これはお願いではなく、命令です」
主導権は常にこちらにある。それを忘れてもらっては困る。
「お前のことを調べさせてもらったが、黒羽とは祓い屋の中では名の知れた家らしいな。しかも、お前はそこの頭首の孫だとか……それなのに、次期頭首は弟だそうだな」
新之助のその言葉に、青紫の顔からスッと笑みが消え、冷めた顔になる。
「なぜなんだ? 次期頭主は嫡男であるお前だろう」
新之助はしてやっとと言わんばかりに、傲慢な笑みを見せる。しかし、青紫は目を伏せると、すぐに屈託のない笑みを浮かべた。
「簡単なことです。私より弟の方が祓い屋として才能がある。他の何かを期待しましたか? 残念でしたね」
新之助の悪意をさらりとかわす青紫に、新之助は気に食わなそうに顔を歪める。
「まあ所詮、祓い屋など相手を騙して金を儲けているだけのペテン師だろうが」
鼻で笑い、嘲笑う新之助だが、青紫は少しも動揺することはない。
「そのお金で、あなた方は救われたわけですが」
新之助の嫌味にも、にっこりとした笑みを浮かべそう返す青紫。
新之助は悔しそうに歯を食いしばった。
言うつもりはなかったことだが、先に口を出した新之助が悪いのだ。仕返し、というわけでもないが、これ以上舐めた真似をされないように、一つ爆弾を落とすことにした。
「私も、あなたのことを調べさせていただきましたが、随分と賭け事がお好きなようだ」
「なんだと……」
なぜ知っているんだというような顔をする新之助。その顔が、自分の秘密を明らかにしてしまっている。
「私が肩代わりした借金も、そのせいだったり……」
言いながら、青紫は隣に座る小百合に意味深な視線を流す。
「あなた……」
一瞬だけ青紫と目を合わせた小百合が、驚いたように目を見開き、隣の新之助を見る。
「今の話、本当なのですか」
緊張感のある面持ちで、新之助の肩に縋り付くと、片手で揺する小百合。
やはり、小百合の方は知らなかったようだ。
前園新之助は統率力とカリスマ性はあるが、野心が強いあまり、知能性に欠けてしまうところがある。それに良くも悪くも自信家で、自分の行いを改める謙虚さがない。気晴らしの賭け事だったみたいだったが、思わぬ負債に繋がったようだ。
「何を馬鹿なことを」
新之助は焦った様子で小百合から目を逸らす。
その様子を見て、青紫はニヤリと笑う。
「祓い屋風情が、華族である我らに楯突くのも今のうちだ。優子はいずれこちらに返してもらう。多少は役に立ったが、祓い屋如きに嫁いだくらいではこれ以上の金にはならない」
「返してもらうなんて、彼女はあなたの所有物ではありません。言うならば、私の妻です」
「はっ、物好きもいるものだな。あんな奴と結婚したいなんて。あいつは見た目しか取り柄のない女だ。愛想笑いの一つもできないつまらない女」
(こいつは……思った以上に浅はかな男だ)
「クククッ……」
俯きながら腹に両手を当て、噛み殺すように笑う青紫。その不気味な姿に、新之助と小百合は訝し気にする。
「ああ、すいません。あなた方があまりにも滑稽な方たちでしたので、つい……ククッ」
優子は笑う。怒りもする。落ち込むこともある。二人が知らないだけで、優子にはちゃんと、喜怒哀楽がある。
(まあ……知る必要もないか)
青紫の頭には、微笑む優子の姿が思い浮かぶ。
それは__天使のような笑みだ。
優しい笑みを見せたかと思うと、次の瞬間には青紫の闇を映すかのような黒い右目が、ギラリと恐ろしく光る。立ち上がり、二人を見下ろす青紫に、新之助と小百合は恐れ慄き、無意識に後ずさる。
「借金の返済はすでに済んでいます。この金で、どこへでも好きなところへ行くといい。ああ、この帝都からは出て行って下さいね。彼女の視界に数秒でも害虫が入るのは虫唾が走る……」
そう言い、青紫は居間を後にしようとする。
「っ……私たちはあの子の親よ! あの子をどうするかは、私たちに権利があるわ……!!」
小百合の言葉に、青紫はぴたりと足を止める。
「……親? ……権利?」
ぶつぶつと呟いた青紫、振り向いたとき、その顔からは屈託ない笑みをする男だと思えぬほど、冷徹な顔をしていた。
「何十年という長い年月、彼女の体の自由を奪い、自分たちの利益のためだけに傍若無人な男の元に嫁がせようとした挙句、真っ暗な蔵に閉じ込め、火事の中、屋敷に置き去りにして、親としての権利がある……? 笑わせるな」
吐き捨てるようにそう言った青紫の体から、黒い妖気がではじめる。
(彼女がどれだけの間、胸を引き裂かれるような苦痛に耐え続けてきたか……)
黒い妖気は波紋のように広がる。
「私はずっとお前達を見ている……どこへ行っても、ずっと……」
わずかに垣間見えた青紫の血のように赤い左目に恐れ慄き、新之助と小百合は無様にガタガタと体を震わせる。
「お前……その目……」
恐怖から、新之助の言葉はそこで途切れた。黒かった妖気は漆黒へと変わり、長く細い指の爪は鋭く伸びる。
「バ、化け物……あんたも優子も化け物よっ……!!」
声を絞り出し叫んだ小百合に、青紫は赤い瞳で冷徹に見下ろす。
「なんとでもいえばいい」
青紫は淡々と言うと、今度こそ居間を出た。
玄関を出ると、車の前で少年が待機していた。怒りに満ち、黒い妖気を纏った青紫に、少年はことの事情を察した。
「仕事に向かわれますか」
「……ええ」
青紫から妖気が消える。そこに、赤い瞳を持つ黒カラスが飛んでくる。青紫が片腕を出すと、黒カラスは腕の上に止まる。カラスは何かを知らせるように、青紫に向かって鳴いた。
「依頼は先延ばしにしてください」
「分かりました」
青紫の手を見て、少年はハッとする。
「若、手が……」
青紫は今気づいたかのように、両手を見る。両手には、爪が食い込んだ跡がはっきりとある。
(ああ……強く握りすぎていたんだな……)
爪が肉に突き刺さるほど、両手の拳を握りしめたことに気づきもしなかった。
誰かを想って、あんなに苛立ったことがあっただろうか。
人らしくしないといけないと言うのに、感情が昂って、妖気まで出してしまった。怯える小百合と新之助が、青紫の頭に浮かぶ。
(……どうでもいいか)
「心配ありません。傷口もすぐに塞がります」
半妖である青紫は人間と違い、傷の治りは早い。爪が肉に食い込んだことくらいどうってことない。
青紫は止めてあった車の前を通り過ぎると、翼を羽ばたかせ、そのまま空に姿を消した。