人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

屋敷を出た青紫は、ゆっくりとした足取りで石階段を下っていた。気配を察知し足を止めると、茂みから金色の髪を持つ小柄な少年が姿を現す。
「頼んでいたものは?」
少年は手に持っていた黒ケースを青紫に渡す。青紫は中を確認すると、ケースを閉じ、少年が用意した車に乗り込んだ。
車が発車してすぐ、窓の外の景色に視線を向けていた青紫が鼻歌を歌い出す。その様子に、運転席にいた少年は静かに驚いた。
少年は物珍しそうにミラー越しに青紫を見る。
少年と青紫は常に行動を共にしてきた。だが、そんな少年でも、鼻歌を歌い、機嫌良さげな青紫を見るのは初めてだった。しかも、本人は鼻歌を歌っている気づいていない。無意識に歌っているのだ。
これは雪でも降るんじゃないのか。
少し不気味だったが、少年は理由を問うことはなかった。聞かなくとも、その膝の上に大事そうに乗せられた風呂敷を見れば分かるからだ。鼻歌が聞こえなくなったかと思うと、青紫の視線は、静かに風呂敷に落とされていた。
「……」
青紫の目が細められる。その瞳の奥には、熱い想いが潜んでいるように、少年には見えた。
「……まさか、私が妻を娶るなんて……」
青紫は一人そう呟く。
これも無意識のようだったので、少年は何も聞き返さなかった。
結婚__。それは、青紫にとって、縁のないものだった。
青紫の頭には、手当を受け寝る優子が思い出された。
布団の上に横になっている優子は悪夢でも見ているのか、酷くうなされていた。そんな優子の側には、毎晩のように青紫の姿があった。
優子の額や首から流れる汗を手拭い拭う青紫。
「ううっ……」
夢を見るほどに苦しむ優子を見て、あの噂は本当だったのかと思う。優子が青紫の元に来る少し前、青紫は帝都でこんな噂を耳にした。目の前にいるこの子爵令嬢が、養父母から粗末な扱いを受けている__と。事実はまだ闇の中。だがもしそれが本当なのだとしたら、そいつらに強い怒りを感じた。
「誠一郎さん……どうして……」
優子の口からポツリと呟かれてその名に、青紫はピクリと反応する。美しい両の目から涙が流れる。青紫はその悲しみを取り除きたい一心で、長い指先で、そっとその涙を払う。
(誠一郎……)
その男が、さらに彼女を傷つけたのか。
青紫の腹の中にある怒りは膨れ上がっていく一方だった。
ふと見上げた空には、カラスの群れが飛んでいた。山からでも降りてきたのだろう。青紫が八咫烏の姿になっても、優子は毅然としていた。あの姿を見ても悲鳴ひとつ上げず自分を見据えた優子は、肝が据わっているといえばそうだが、何か、他とは違うものを感じだ。それが何なのか、まだ青紫には分からない。
青紫は風呂敷の中からおにぎりを取り出す。包を開けば、不恰好な形をしたおにぎりが二つ並んでいる。台所に立ち、一生懸命におにぎりを握る優子の姿が、青紫の頭には浮かんだ。青紫は小さく笑みを浮かべると、おにぎりを食べる。
「美味しい……」
大袈裟ではない。こんなに美味しいおにぎりは初めて食べた。
「……」
青紫は決意を固めた瞳で、風呂敷を両手で包み込んだ。