人形令嬢と半妖のあやかし祓い屋

春の終わりに、二人の祝言は挙げられた。緩やかな春風に、桜の花びらが宙を舞っている。
「さあ、目を開けて」
多江の言葉に、優子がゆっくりと目を開ける。化粧台の鏡には、いつも違う自分の姿が映し出された。
「とっても素敵です」
鏡越しに優子を見て、多江はにこやかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
優子は改めて、鏡に映る自分を見る。白無垢を着て、顔はお粉をはたき、頬には血色感のあるオレンジ色の頬紅、唇には椿色の紅をさした。美しく着飾ることには慣れているつもりだったが、どうも今日の自分の姿には落ち着かない。
きっと、この姿を彼に見せるからだろう。優子は密かにそう思っていた。
襖に黒い影が映る。
「入ってもよろしいでしょうか」
気高い声に、優子はドキッとする。
「ど、どうぞ」
優子がそう答えると、少し遠慮がちに襖が開く。袴姿の青紫は優子を見ると、心底驚いたように、目を丸くした。
「……へ、変でしたか……」
微動だにせず自分を見る青紫に、優子は視線を伏せがちに聞く。青紫は我に返ったようにハッとした。
「あっ……いや」
否定するも、その視線はじっと優子に注がれている。優子は何も言わずにじっと見てくる青紫に恥ずかしくなり、視線を右往左往させた。
(どうしてそんなに見るのかしら……やっぱり変だったのでは……)
「すいません。あまりにも綺麗だったもので……」
「えっ……?」
予想外の返答に、優子はゆっくりと顔を上げる。青紫は片手で顔を隠すように、視線を横に逸らす。その頬は、うっすらと赤く染まっているように見えた。
咳払いをすると、青紫は優子を見据える。
「__綺麗だ」
穏やかで優しい、温かさが滲み出ている声に、これも本心だと分かる。青紫の瞳の奥は、慈しみを感じる。それは、真摯に優子に向けられている。
「黒羽さんも……袴、お似合いです」
優子の褒め言葉に、青紫はどこかぎこちない笑みを浮かべた。
「では、行きましょうか」
多江に見送られながら、青紫に手を引かれ屋敷を出ると、二人で神社に向かう。
祝言と言っても、客人を招いて盛大に行うものなどではなく、神社に参拝するだけ。それだけでも、優子は驚きだった。青紫はこういうことに関心を持つようなタイプには見えなかったからだ。
きっと、自分を気遣ってくれているのだろう。優子はそう思った。
紙切れ一枚で始まると思っていた結婚生活だったが、青紫のおかげで、結婚の形を残すことができそうだった。
森は静寂さに包まれているが、ゆったりとした時の流れを感じ、心は穏やかだった。木漏れ日が優しく降り注ぎ、木々が音を立て揺れる。その様は、自分たちの祝言を祝福してくれているかのように思えた。
今日のために青紫と神社を掃除した。青紫は手際が良く、不器用な優子にも丁寧に掃除の仕方を教えてくれた。人気のない神社がいつも綺麗に整っていたのは、青紫が毎日欠かさず掃除をしてくれているおかげだった。
賽銭箱の前に来ると、二人並んで手を合わせ、神に挨拶をする。先に挨拶を済ませた優子が目を開けると、隣の青紫はまだ目を閉じていた。神への導きをする八咫烏だが、その血を引く青紫なら、神と会話できたりするのだろうか。
そんなことを思っていると、青紫の目が見開かれる。
「何を願ったのですか?」
優子がそう聞くと、青紫は少し意地悪そうな笑みを浮かべ答える。
「神との会話は、人には話さない方がいいそうですよ」
最もそうな返答。それに青紫が言うと、説得力がある。
改まった様子で体を向き合わせる青紫に、優子も体を向き合わせる。
「これで私たちは、正式に夫婦となりました。これから、どうぞよろしくお願いします」
(本当に、この人に妻に……)
屈託ない笑みを浮かべ自分を見る青紫を、優子は凛とした瞳で見据える。
「はい、よろしくお願いします」
__これは、妖怪と人の、儚くも美しい最愛物語だ。