ほどけて、混ざって、濁るまで。

「なんで録画できるのに消せないの?」
「操作が違うじゃん」
「そういうこと言ってんじゃないのなんで消せないのに録るの?って言ってんの嫌味だばーか」
「見たいけど時間が合わないから」
ぶつくさと言い訳を並べるだらしない男。
恋人だったときよりも会話のテンポが良いのは私が私を飾るのを辞めたから。
恋人じゃない男の前でいいカッコしてもしょうがないっていうか、そもそも別れたらこんな男大した男じゃないと気づいたと言うか。なんというか。
「これは?消していいの?」
「いいよ〜」
「いいよ〜じゃないわじぶんでやれよ」
「だってミユがやってくれるじゃん」
「1人じゃ何にもできないねあんた」
「うん、できない」
「どうやって生きてきたの?」
「え〜?ミユといっしょに?」
操作の合間、一瞬真っ暗になる画面に映るあたしはメイクもヘアセットもしていない。
あたしを家に呼びつけて録画の整理を頼んできたあいつはカタカタとパソコンで仕事をしている。
「あんたさ、仕事だけできるよね」
打鍵音だけが響く。
散らかった部屋。まだ未視聴マークがついたままの録画。
「なんか言えよ」
「え〜」
「これは?消していいの?」
「なにそれ」
「自分で録ったくせに」
「それ俺じゃないよ。多分彼女」
「え、彼女できたの?」
「うん」
うんじゃねぇよ。なんて思ったのに声にはならなかった。
カチリ、カタカタ。

「あたしここ居ていいの?」
「えぇ?」
「カノジョ。いるんでしょ?嫌がらない?女連れ込んだら。ましてや元カノ」
「あぁ、え、嫌がるかな」
「あたしだったらぶん殴ってるね」
「・・・」
「いや、黙るなよ」
「女心って難しいね」
「バカには一生わかんないかもね」
「すご、そんな悪口言えたんだミユ」
「言えるよ」

「じゃあこれは残しとくね。はい、終わり。」
「あれ、終わったの?」
顔を上げて眼鏡を外す仕草になんとも思わなくて、私も友だちになれたんだなって安心した。
それどころかぐっと伸びをする姿に腹が立ってテレビの電源を切った。
「家まで送って」
「え、ヤダ寒い」
「お前は女子か」
「女心わかんなーい」
「黙れクズ男。帰りに自販機でなんか奢って。報酬」
上着を羽織って言ってやったらチャリチャリって鍵についたわけのわからんキーホルダーの音がした。
「あ、コンポタがいい」
「売ってないよ近所の自販じゃ」
「じゃあファミレスでも可」
「ダル」


並んで歩く。でも手は繋がない。
「カノジョ、どんな子?」
「いい子」
「・・・振られてしまえ」
「なんでよ」
「歩きスマホ、良くないぞ」
「ぶつかりそうだったら教えて」
「ぶつかったら教えてあげる」
「うわさいてー」
スマホの画面の明るさがMAXなのが、なんかぽいなと思ったり。
さむがりなくせに手袋はしてこないのもぽいなと思う。
「あたしも彼氏作ろうかな」
「いる?ミユ一人でも生きてけそう。逞しいもん」
「生きてけるよ。でもあんたに恋人ができてこんないい女なあたしが独り身なのはおかしいでしょ?」
「自信過剰だね」
少し笑ってからスマホをポケットに仕舞う仕草は大人なんだなぁと思わせてくる要らない色気をまとっていた。
すぐに自販機を指さして笑うのは餓鬼みたいだと思うけど。
「あ、コンポタ入ってる」
「え、高。やっぱ珈琲でいいよ」
「なんで遠慮すんの」
おかしそうに笑ってコーンスープのボタンを押す指が角ばっていて男の人だなとおもう。
でもそれだけ。
その指に触れてほしいと思っていた頃のあたしは居ない。
ガタンと落ちたコーンスープを取ろうとするあいつより先にあたしの手が缶に触れた。
思ったより熱かったけどちょっとだけ見栄を張って平気なふりをしてつかんだ。
「あれ、まって俺自分の買ってない」
「やっぱここまででいいよ。彼女持ちの男はもう用済み!」

「ほんとに送らなくていいの?」
「いいってば。あ、ねえ今度さカノジョ紹介してよ」
「なんで?」
「あんたが振られるように、だらしないとこぜんぶ教えてあげようと思って」
「うわ~ひでぇ」
「それで、可愛い子だったらあたしのカノジョにする」
「え?え、ちょ、ダメだよ?え?それなに冗談?どっち?」
「さーねー!じゃあまた容量が足りなくなった頃にね」
勝手に慌てる悪い男の声を背にあたしは歩き出す。
都合のいい女、にしてはちょっと呼び出し理由が愉快すぎるけど
この関係に名前はつけない。
ほんの少し後ろめたいだけの、健全な関係だ。