そして、双葉祭の余韻も冷めやらぬ中、すぐに中間テストの範囲が発表された。この中間テストは進路調査も兼ねている。二年になると、理系か文系かに分かれる。もちろん希望は聞かれるが、基本は成績で振り分けられる。
進路調査票を前に考え込んでいると、どこかに呼ばれて帰ってきた佐伯君が僕の前の席に座った。
「ただいま。藤野、それもう決めたの?」
「おかえり、いいや。まだ……佐伯君最近忙しいね」
文化祭から、教室では佐伯君とあまり話さなくなった。理由はわからない。僕には心当たりがないのに、彼はどこか距離を置いているように見えた。だから、少しだけ寂しさを感じてしまう。
それでも、部活が終わると理科準備室に迎えに来て、一緒に帰るのは変わらず続いている。
中間の範囲が書かれたプリントを見せて聞いてみる。
「そう言えば、勉強会どうする?」
「ああ、今回も……「おー、藤野と佐伯で勉強するの? いいなー、なんか楽しそう!」
そこに、勝手に話に入ってきたクラスメイトの声が重なった。僕は驚いて声をかけてきたクラスメイトを見上げた。
「あ……」
どうしよう、勉強会はまた二人でしたいなと思っていた。
「佐伯はみんなの佐伯だろう」
それは雷みたいにぴしゃりと僕を打ちのめした。佐伯君はみんなの佐伯君で、僕が独占しちゃダメなんだ。
「……そうだよね」
僕は小さく息をつく。
「無理、俺は藤野と勉強すんの」
佐伯君がそう断りの言葉を口にしたけど、僕は決心した。
「いいよ、みんなと勉強したら……」
佐伯君が驚いた顔で僕を見つめた。なんでそんな顔をするんだろう。僕は戸惑いつつも、クラスメイトを見上げた。
「そうだな、佐伯独占禁止法だ!」
クラスメイトはそう茶化すように言って、うなずいている。
「何度も言わせんな。俺は藤野と勉強するし、お前はほら、他の奴にでも頼め」
そう言って佐伯君は珍しく怒って、しっかりと断った。
それが少しうれしいと感じるのは、我ながら性格が悪いな。
クラスメイトの彼はしょげて、仲間のところへ帰っていった。
「俺、譲られるの嫌なんだよね。モノ扱いしないで」
とにっこり微笑んだ。表情はにっこりだけど、目の奥は笑ってなかった。
どうやら僕が彼を怒らせたようだ……。
「ごめん。ありがとう。えっと、今回もおまんじゅうと、いちご牛乳たくさん用意するから」
佐伯君はうなずくと、中間テストの予定を確認し始めた。
文化祭後の浮きたった空気も、中間テスト前の張り詰めた空気も、今は遠くに感じた。
僕がニコニコしていると、佐伯君が怪訝そうな顔をして僕を見ていた。
「なんか久しぶりに佐伯君と話してる気がする」
それがすごくうれしかった。佐伯君が気まずそうにうつむく。
「僕の進路のことなんだけど、相談のってよ」
「うん」
佐伯君はうなずいて、背もたれに寄り掛かった。
いつの間にか空は高く澄んでいて、昼間の暑さも冷めるのが早くなった気がする。佐伯君と並んで帰りながら、晩ご飯の予想をしたり、学校であったことを話しているとすぐに家に着いた。
いつも通り、ふかふかの座布団を並べて、テスト勉強を始める。
「なあ、藤野。進路の相談って?」
「文理の話。佐伯君はどうするんだろうって」
佐伯君は手を止めて、僕のほうをうかがっている。
「俺は文系に行く。体育教師になりたい」
さすが佐伯君だ。一年生だけどちゃんと将来を考えている。
「へえ、そっか。佐伯君は学校の先生に向いていると思うよ」
「なんで……反対しないの」
僕は少し考えて、佐伯君に向き直る。
「え、佐伯君のなりたいものだろ。僕が反対する理由、ないよ」
佐伯君は不思議な笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「いやだって、なんでわざわざ体育教師なんだって」
ああ、確かに佐伯君は勉強ができる。きっと、何にだってなれる人だ。たくさんある中で、体育教師を選ぶのは確かに不思議に思われるかもしれない。
「僕さ。高校出てからは、働くつもりだったんだ。でも、おばあちゃんが勉強はした方がいいって。本当になりたいものができたとき。助けになるからって。だから今、この学校に通ってる」
言い終えてから、これで佐伯君の答えになっているだろうかと、ゆっくり考える。
顔を上げると、佐伯君は続きを促すみたいに、じっとこちらを見つめていた。
「なりたいもののために、勉強があるんだ。勉強ができるからってやりたいことを変える必要は、ないと思うよ」
一瞬の沈黙のあと、佐伯君がふっと息を吐く。
「……藤野らしいな」
そう言って、急に身を乗り出してくる。驚く間もなく、ぎゅっと抱き着かれて、背中に腕が回った。僕もその背中に手を回す。
「ちょ、佐伯君……」
「ありがとな」
なんだか吹っ切れた顔で、微笑んでいるのを見ると、じんわり胸が暖かくなる。
「僕。この高校でよかった。学校って楽しいものなんだね。ぜんぶ、佐伯君のおかげだと思う」
僕も佐伯君の背中に手を伸ばして、ハグを返した。
「佐伯君はこれからそういう子をいっぱい増やす仕事をするんだね」
文理で迷ってたけど、僕も自分の好きを見つけよう。佐伯君ほどできることは多くないけど自分なりに頑張ってみよう。
佐伯君が帰ってから、僕は進路調査票を出して理系に……好きな方に丸を付けた。
中間テストの結果、先生からも理系になるだろうと太鼓判を押された。
佐伯君は文系だから、来年からクラスは別になる。けど、きっと佐伯君はいつでもそばにいてくれる。
だって佐伯君は優しいから。
だけど、そう信じていたのは、どうやら僕だけだったようだ。
進路調査票を前に考え込んでいると、どこかに呼ばれて帰ってきた佐伯君が僕の前の席に座った。
「ただいま。藤野、それもう決めたの?」
「おかえり、いいや。まだ……佐伯君最近忙しいね」
文化祭から、教室では佐伯君とあまり話さなくなった。理由はわからない。僕には心当たりがないのに、彼はどこか距離を置いているように見えた。だから、少しだけ寂しさを感じてしまう。
それでも、部活が終わると理科準備室に迎えに来て、一緒に帰るのは変わらず続いている。
中間の範囲が書かれたプリントを見せて聞いてみる。
「そう言えば、勉強会どうする?」
「ああ、今回も……「おー、藤野と佐伯で勉強するの? いいなー、なんか楽しそう!」
そこに、勝手に話に入ってきたクラスメイトの声が重なった。僕は驚いて声をかけてきたクラスメイトを見上げた。
「あ……」
どうしよう、勉強会はまた二人でしたいなと思っていた。
「佐伯はみんなの佐伯だろう」
それは雷みたいにぴしゃりと僕を打ちのめした。佐伯君はみんなの佐伯君で、僕が独占しちゃダメなんだ。
「……そうだよね」
僕は小さく息をつく。
「無理、俺は藤野と勉強すんの」
佐伯君がそう断りの言葉を口にしたけど、僕は決心した。
「いいよ、みんなと勉強したら……」
佐伯君が驚いた顔で僕を見つめた。なんでそんな顔をするんだろう。僕は戸惑いつつも、クラスメイトを見上げた。
「そうだな、佐伯独占禁止法だ!」
クラスメイトはそう茶化すように言って、うなずいている。
「何度も言わせんな。俺は藤野と勉強するし、お前はほら、他の奴にでも頼め」
そう言って佐伯君は珍しく怒って、しっかりと断った。
それが少しうれしいと感じるのは、我ながら性格が悪いな。
クラスメイトの彼はしょげて、仲間のところへ帰っていった。
「俺、譲られるの嫌なんだよね。モノ扱いしないで」
とにっこり微笑んだ。表情はにっこりだけど、目の奥は笑ってなかった。
どうやら僕が彼を怒らせたようだ……。
「ごめん。ありがとう。えっと、今回もおまんじゅうと、いちご牛乳たくさん用意するから」
佐伯君はうなずくと、中間テストの予定を確認し始めた。
文化祭後の浮きたった空気も、中間テスト前の張り詰めた空気も、今は遠くに感じた。
僕がニコニコしていると、佐伯君が怪訝そうな顔をして僕を見ていた。
「なんか久しぶりに佐伯君と話してる気がする」
それがすごくうれしかった。佐伯君が気まずそうにうつむく。
「僕の進路のことなんだけど、相談のってよ」
「うん」
佐伯君はうなずいて、背もたれに寄り掛かった。
いつの間にか空は高く澄んでいて、昼間の暑さも冷めるのが早くなった気がする。佐伯君と並んで帰りながら、晩ご飯の予想をしたり、学校であったことを話しているとすぐに家に着いた。
いつも通り、ふかふかの座布団を並べて、テスト勉強を始める。
「なあ、藤野。進路の相談って?」
「文理の話。佐伯君はどうするんだろうって」
佐伯君は手を止めて、僕のほうをうかがっている。
「俺は文系に行く。体育教師になりたい」
さすが佐伯君だ。一年生だけどちゃんと将来を考えている。
「へえ、そっか。佐伯君は学校の先生に向いていると思うよ」
「なんで……反対しないの」
僕は少し考えて、佐伯君に向き直る。
「え、佐伯君のなりたいものだろ。僕が反対する理由、ないよ」
佐伯君は不思議な笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「いやだって、なんでわざわざ体育教師なんだって」
ああ、確かに佐伯君は勉強ができる。きっと、何にだってなれる人だ。たくさんある中で、体育教師を選ぶのは確かに不思議に思われるかもしれない。
「僕さ。高校出てからは、働くつもりだったんだ。でも、おばあちゃんが勉強はした方がいいって。本当になりたいものができたとき。助けになるからって。だから今、この学校に通ってる」
言い終えてから、これで佐伯君の答えになっているだろうかと、ゆっくり考える。
顔を上げると、佐伯君は続きを促すみたいに、じっとこちらを見つめていた。
「なりたいもののために、勉強があるんだ。勉強ができるからってやりたいことを変える必要は、ないと思うよ」
一瞬の沈黙のあと、佐伯君がふっと息を吐く。
「……藤野らしいな」
そう言って、急に身を乗り出してくる。驚く間もなく、ぎゅっと抱き着かれて、背中に腕が回った。僕もその背中に手を回す。
「ちょ、佐伯君……」
「ありがとな」
なんだか吹っ切れた顔で、微笑んでいるのを見ると、じんわり胸が暖かくなる。
「僕。この高校でよかった。学校って楽しいものなんだね。ぜんぶ、佐伯君のおかげだと思う」
僕も佐伯君の背中に手を伸ばして、ハグを返した。
「佐伯君はこれからそういう子をいっぱい増やす仕事をするんだね」
文理で迷ってたけど、僕も自分の好きを見つけよう。佐伯君ほどできることは多くないけど自分なりに頑張ってみよう。
佐伯君が帰ってから、僕は進路調査票を出して理系に……好きな方に丸を付けた。
中間テストの結果、先生からも理系になるだろうと太鼓判を押された。
佐伯君は文系だから、来年からクラスは別になる。けど、きっと佐伯君はいつでもそばにいてくれる。
だって佐伯君は優しいから。
だけど、そう信じていたのは、どうやら僕だけだったようだ。
