猫かぶり君の、愛しい沼男君

 夏休み。
 サッカー部の試合で二回戦を突破した。俺の原動力は藤野の応援と、差し入れに持ってきてくれたおにぎりだった。
 「出汁とお塩で握るとおいしいんだよ」なんて言うから、食べたいと言ったら、ちゃんと持ってきてくれた。
 さすがに三回戦はシード校と当たったため勝ち上がることはできなかったけど、俺的には十分満足だった。

 それに、夏休みの間、間断なく学校で用事があったおかげで、藤野ともたくさん会えた。応援団の練習では、藤野は本当にリズム感がなくてダンスはとてもじゃないけど無理だった。その代わり、旗を振る係をすることになったのだが、藤野は小学校のころ孫悟空になりたくて、如意棒代わりに突っ張り棒を振り回していたと恥ずかしそうに告白した。さぞかし、可愛かったろうなと想像する。
 まあ、そんなだから、ダンスから旗に係が変わってからは、すごい勢いで振り付けを覚えていった。

 本番当日、藤野は完ぺきに旗を振った。それを見た先輩たちが代わる代わる藤野を褒めていた。できない子ほどかわいいという奴だろう、皆で藤野の頭を撫でる姿に少しイラっとした。
 その怒りをクラス対抗リレーにぶつけたら、ぶっちぎりでゴールした。藤野がきらきらした目で手を握りながら「おめでとう」なんて言うから、トリのブロック対抗リレーでもぶっちぎりでゴールしたのは言うまでもない。
 おかげで体育祭は学年一位だった。


 文化祭当日は、俺と藤野は呼び込み担当だった。狐のカチューシャはあっさり顔の藤野によく似あっていた。
 展示は狐の縁日。教室内には赤い鳥居がたくさん飾られていて、教室の半分では縁日を、後ろ半分は休憩スペースにしていた。ほっと一息つける場所があると良いよねってことらしい。教室全体を縁日にしないのが、藤野らしい提案だった。
 藤野はしきりに入口に飾ってある狐のイラストを褒めていたが、俺は藤野の書いた狐も推したのだが。三好が「なんでこの狐、足が5本あるの?」って言って、変な空気になった。「それはしっぽだろ?見ればわかるだろ!」と抗議したが採用されなかった。藤野らしくてかわいいイラストだったのに。

 狐っぽさを出すために、語尾にコンをつけることというルールが決まった。うちのクラスらしい安直さだ。
 藤野は恥ずかしそうに。「二日間頑張って、総合優勝目指しましょう……コン」と言って、クラス内の母性を持て余した女子が、思わず、ぐっ心をつかまれていた。藤野の律義さが面白くて笑った。

 呼び込みは大盛況で、列ができるほどだった。
 だがその裏で俺の気分は悪くなる。当たり前に藤野にカメラマンを頼んで、道具扱いしている無礼な奴らは何なんだ。藤野は気にした風ではないけれど、普通に失礼だ。
 なんだか、身を寄せてきたり、腕をつかもうとして来たり。文化祭で浮かれたやつが多くて、ため息が出る。

 やっと列も終わりかけた頃、今度は藤野に声をかけるやつがいた。

 俺は何て言ったか覚えてない。気づいたら藤野の手をつかんで教室の奥に押し込めていた。
 一気に外の喧騒が遠のいた。
 え? なんで。
 「ちょ、佐伯君……?」
 藤野を見ると心配そうにこちらを見ていた。ああ、やっちまった感がある。どうしよう。だけど、つないだ手は放したくなくて、藤野が戸惑っているのに握ったままにしていた。
 何を言われる……心臓を暴れさせながら、藤野を見つめた。

 「コン、忘れてる」
 ここにきてそれか。思わず心で突っ込んで、俺だけが浮ついていることに情けなさと面白さがこみ上げてくる。藤野らしいっていえば、藤野らしい。
 つないでいた手を未練たらしく握っていると。

 「そう言えば、僕たちまだ二人で写真撮って無くない? コン」
 藤野はマイペースだった。俺に手を握られてるんだから、動揺ぐらいしてくれてもいいのにと、ため息をつく。
 藤野のスマホを取って体を寄せる。さっきの撮影会の時は嫌だと思っていた距離感が、藤野とだったらもっとくっついていたいなと思うんだから不思議だ。

 画面の中の藤野は小学生みたいなピースをして、緩んだ笑顔を浮かべていた。
 藤野はすぐ離れようとする。それにいら立って、ぐっと肩をつかんだ。ごまかすように俺のスマホでも写真を撮った。藤野は目を糸のように細くして、ニコッと笑っていた。

 「藤野。写真、イヤなら断れよ」
 どうか断ってくれ。こう思う感情は何だろうな。

 「佐伯君がとられる方がイヤかな?」
 「え?」

 それってどういう意味だ。言った藤野のほうが驚いた顔をしている。
 「え?」
 って困惑顔だ。でも言葉通り受け取るなら。

 「……俺も」

 藤野を誰にもとられたくない。藤野の特別な場所に誰かが入ってほしくない。ああ、この気持ちの名前を知っている。だけど、これは男友達に抱くべき気持ちじゃない。
 でも、手を離せない。
 理性が仕事をしない。もっとそばにいたいと思う自分がいる。

 ほんとになにもかも俺らしくない。