猫かぶり君の、愛しい沼男君

 双葉祭は二学期の初めに行われる。
 体育祭は、佐伯君の活躍のおかげで、一番配点率の高いクラス対抗リレーと、ブロック対抗リレーで一位を取り、体育祭の得点では一位だった。応援団だが、鉢巻きに応援団の衣装はちょっと、気分が上がった。先輩たちが心を込めて作った旗を振って何とか失敗せずに終えた。先輩たちがお前が一番不安だったと言いながら、口々にねぎらってくれて、ちょっと僕も胸がジーンとした。

 文化祭のクラス展示。
 僕らのクラスは縁日をした。ただの縁日だと、面白みがないということで、狐の縁日になった。コスプレとかは大変なのでしない。ただ、説明の時に語尾に「コン」をつけるルールを決めた。それだって十分、恥ずかしかったようで、クラスのみんなは戸惑っていた。だがせっかくのお祭りだ。楽しもう、コン!

 文化祭当日。
 朝から校舎は、いつもより少しざわざわしていた。廊下には提灯がぶら下がり、各クラスの前には段ボールや風船で飾られた看板が置いてあった。
 僕らのクラスは教室の前半分(まえはんぶん)を縁日に使い、後ろ半分を休憩スペースにしていた。入口には、クラスメイトが描いた狐の絵が貼られている。なかなか上手い。余談だけど、僕の書いた狐もぎりぎりまで飾る候補に残っていた。佐伯君が斬新だと、褒めちぎったからだ。結局、「これは狐じゃなくてUMAだろ」と誰かが言って、却下された。黒歴史が残らなくてほっとしている。

 そして、クラスのみんなからサプライズで、僕と佐伯君にだけ狐のカチューシャが贈られた。
 「二日間頑張って、総合優勝目指しましょう……コン」
 「みんな、準備お疲れ様。ありがとう……コン」

 僕の後に続いて佐伯君も挨拶をする。
 この狐ルール恥ずかしいうえにまったく締まらないことに気付いた。佐伯君と視線を合わせて笑ってしまった。

 佐伯君と扉の前で呼び込みをしているとたくさん声をかけられた。
 「写真撮ってください!」
 双葉祭の間だけは、校内でのスマホ撮影がOKになっていたせいだ。
 そして僕は本当に写真を撮る係で、画面の中に映るのは、声をかけてきた子と、佐伯君。佐伯君は、サッカーとリレーで校内の有名人になっていたから、仕方ないのだけど。女の子たちの上気した頬に胸がざわつく。
 佐伯君の良さは、僕が一番最初に気付いたのに。彼女たちは女の子というだけで、簡単に「好きだ」とか「ファンだ」とか言う。それだけで、何でもないのに胸が焦れる。
 佐伯君の腕をつかもうとする子もいるけど、佐伯君は上手くかわす。その仕草をじっと見てしまう自分がいる。
 
 僕がそんな風にぼーっとしていたからだろう。僕にも声をかけてくれる子がいた。
 「写真撮ってください!」
 「僕?コン」
 自分でも間抜けな声だと思ったけど、声をかけてきた子はにこっと笑って頷いた。
 慌ててスマホを受け取って、位置を調整する。

 その時だった。

 「ちょっと待って」
 横から、佐伯君の声が割り込んだ。
 「藤野はそういうのしないから」
 佐伯君は僕の手を引いて、強引に教室の隅に作った控え室に連れて行った。
 段ボールの壁一枚隔てただけなのに、外のざわめきが急に遠くなる。
 「ちょ、佐伯君……?」
 握られた手を見つめる。佐伯君は離さなかった。それどころかさらに力が入っている。
 「佐伯君、コンを忘れてる」
 そう言うと、佐伯君は一瞬きょとんとして、笑った。そして気まずそうに握っている僕の手をぐにぐにと揉み込む。
 なんでそんなことをしているんだろう。
 「……忘れてた」
 佐伯君は小さく声を落とした。

 「そう言えば、僕たちまだ二人で写真撮って無くない? コン」
 佐伯君は、大きくため息をついてうなずいた。なぜ呆れられたのか分からないけど、僕はポケットからスマホを取り出す。
 「ちょっと貸して」
 僕のスマホは佐伯君の手に収まる。佐伯君のほうが腕が長いもんなと、画面を確認しながら距離を詰める。どんな顔したらいいんだろうと、ピースを作ってほけっと画面を見ていると、いつの間にか撮られていた。離れようとすると、佐伯君が僕の肩をぐっと寄せる。
 「俺のでも撮るから」
 ああ、と横を向くと、思ったより近いところに顔があって驚いた。佐伯君って、まつ毛長いし、鼻が高いなと思った。またニヘラと笑って画面を見ると、佐伯君はうれしそうな顔をしていた。

 「藤野。写真、イヤなら断れよ」
 佐伯君は写真を確認しながらそう言った。少し声が固い。僕は少し考えて、ポツリとこぼす。

 「佐伯君がとられる方がイヤかな?」
 「え?」

 僕、今なんて言った?

 「え?」
 「……俺も」

 え? 佐伯君もってなにが、写真を撮られることって意味だよね。でも、このタイミングだと“取られる”に聞こえたかも。だとすると、“俺も”はどういう意味なんだろう……。


 次の日から、佐伯君目当ての列ができるのは迷惑だということになり。教室での写真撮影は断ることに決まった。一日目の撮影会は貴重なものとなった。

 二人で撮った写真を眺めながら、僕はため息をつく。

 双葉祭は、体育祭の成績のおかげで学年一位だった。終わった後、飲み物とお菓子を用意して、クラスで祝勝会をした。佐伯君は一位の立役者だから、みんなに囲まれて楽しそうだった。

 画面の中の佐伯君は隙のないカッコよさで、僕の緩んだ顔がなんだかいたたまれなくなった。