藤野知生は不思議な男だ。
キャンプファイヤーではひらひらな女神の格好をさせられ、そのまま皆の前で走ったわけだが、なぜかやり切った顔をしていた。なんなら、最後には学年全体が彼を応援したようにも感じた。
そして終わったら終わったでもう、そんなことあったっけ?って顔で日常を送っている。
部活も部員5名の廃部寸前の科学部に入部して、メダカを飼っている。俺も誘われるんじゃないかと、まあ、誘われれば入ってもいいがと思っていたのに。彼は最後まで誘ってくる様子がなかった。
俺は色々調べて、一番やる気のなかったサッカー部に入った。先輩、後輩の関係が緩くて練習も不真面目でちょうどいい部だった。
藤野が入った科学部は、教科棟にあるため運動場からよく見えた。窓際にいることが多いので、見つけると手を振ってみたりしている。まあ、窓際にいるのはメダカを観察しているからだろうけど。
藤野のセンスもよくわからない。初めてのペットだとはしゃいでいたから、メダカにどんな名前を付けたのかと尋ねると「メダカ」と名付けたと言っていた。それもうれしそうに。
話せば話すほど、わからないけど面白い男、それが藤野知生だった。
まじめでおとなしく、眼鏡をかけている藤野だが、新入生テストではあまりいい成績ではなかったそうだ。聞けば、塾には行かず、完全独学で勉強していたらしい。
新入生テストは毎年似た問題が出る。兄弟がいたり、塾に通っていれば過去問で対策するからいい点が取れるようにできている。周りの成績が良かったせいで順位が下がったようだ。結果を確認すると、案の定、点数自体は悪くなかった。むしろ、健闘している方ではないだろうか。
ちなみに俺は、テストを事前に手に入れて予習ばっちりで臨んだため、学年一位だった。ちらりと自慢げに言うと、藤野は感心したように手を握って、勉強を教えてほしいと頼んできた。
(藤野って不思議な行動力はあるんだよな)
なんて感心しつつ、勉強を教える約束をした。うれしそうに笑う藤野は目が糸みたいに細くなって、少し小鼻が膨らんで子供みたいな笑顔だった。なんか、そう、かわうそっぽいと思った。
藤野の家は、平屋の市営住宅だった。
かちゃりと開けて招かれた部屋は、玄関から部屋の突き当りまで全部見えた。家具も少なく、装飾もほとんどない。「ここが僕の部屋」と、案内されたのはふすまを隔てた隣の部屋で、ベッドと折り畳みの机が置いてあるだけだった。
藤野が「日に当ててふかふかにしたんだ」とニコニコしながら、座布団を進めてきた。それは本当にふかふかで気持ちよかった。
机の上には、いちご牛乳と、おばあさん手製の炭酸饅頭が置かれていた。手作りの饅頭でもてなされたのは初めてだった。この家は飾らず、自然体で藤野っぽいなと思った。
あわてて、手土産を手渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
正直、こんな簡素な家に住んでいるとは思わなかった。藤野本人は何も気にしていないようで、だからこそ余計に驚かされた。だが、帰るころには帰りたくなくなるくらいに、この部屋に流れる空気は居心地がよかった。
「いつでも遊びに来てよ」
そう言われるがままに、ほぼ毎日通うことになるのはすぐだった。三度目に訪問した時に、やっとおばあさんとも顔を合わせた。炭酸饅頭を手作りしそうな顔だった。なんというか、やわらかい優しそうで、あったかそうな……そんな感じ。おばあさんは、会うと俺にご飯を食べさせようとしてくる。お断りする日もあれば、相伴にあずかることもある。
藤野んちのご飯は、和食中心でちゃんとカツオや昆布いりことか、そんな出汁の風味がしたり、手作りのみそだったり。手間がかかっている。色合いは地味で控えめな印象の料理だが、じっくりと体に染み渡る味だった。
勝手知ったる藤野の部屋で三段ボックスからラノベを一冊引き抜き、ベッドでゴロゴロして読んでいるとふと思い出した。
「そういえば、夏休み明けが双葉祭だよね。期末に入ると放課後、教室が使えないから、早めに準備しないと」
藤野はおぉと、うなずいて「そうだね」ってノートを開いた。
「体育祭は、誰がどの競技に出るかまとめないとね。文化祭は、一年生はクラス展示だから、何を展示するかクラスで相談しよう……」
そうやってすぐに対策が浮かぶところ、藤野の頭の良さがわかる。
「頼りにしてるよ」
というと、藤野が俺の脇腹をこぶしでぐりぐり押し始めた。こうやって、藤野からのスキンシップが増えたのは、懐かない動物を懐かせたみたいな達成感がある。
「佐伯君はリレー出てね」
と藤野が言う。今までなら、利用されてやるって感じてたけど。藤野にはなんだか、頼られてやるって思えるから不思議だ。
脇をやられたお返しに、頭を両手でわさわさかき混ぜると、藤野の目がきゅっと細くなって口を開けて笑い始めた。小さな歯がかわいいなと思う。藤野は「やめてよ」と抗議しながらも、笑い声を止められず、こちらを見る目は楽しそうで、どこか甘えている。そんな姿を見ると、俺も自然と笑顔になってしまう。いつもその繰り返しだった。
藤野は不思議とあたりに「仕方ないな、俺が(私が)やってやらなきゃな」と思わせる何かを発している。本人は大人しくて控えめなのに、存在感そのものが自然にそうさせる。つい手を貸したくなるし、頼られたら嫌な気はしない。
藤野は足らないところにそっと手を貸すのも自然だ。ある時は、教室中にあったはずのゴミがいつの間にか、捨てられていたり。足りないと思っていた絵の具類や、新聞紙が増えていたり。藤野はそうやって小びとの靴屋的な活躍をする。気づかない人は気づかない、でも、藤野の魅力に気付くやつがちらほら現れて、正直、牽制するのが大変だったのは言うまでもない。藤野の良さに気付いたのは、俺が一番だからなって思ってマウントを取る自分がいる。
「おい、藤野の交友関係をお前が決めてやるなよ」
なんて言ってくる三好とかいうやつもいたけど無視だ。
俺が勝手に意識しているだけだ。
キャンプファイヤーではひらひらな女神の格好をさせられ、そのまま皆の前で走ったわけだが、なぜかやり切った顔をしていた。なんなら、最後には学年全体が彼を応援したようにも感じた。
そして終わったら終わったでもう、そんなことあったっけ?って顔で日常を送っている。
部活も部員5名の廃部寸前の科学部に入部して、メダカを飼っている。俺も誘われるんじゃないかと、まあ、誘われれば入ってもいいがと思っていたのに。彼は最後まで誘ってくる様子がなかった。
俺は色々調べて、一番やる気のなかったサッカー部に入った。先輩、後輩の関係が緩くて練習も不真面目でちょうどいい部だった。
藤野が入った科学部は、教科棟にあるため運動場からよく見えた。窓際にいることが多いので、見つけると手を振ってみたりしている。まあ、窓際にいるのはメダカを観察しているからだろうけど。
藤野のセンスもよくわからない。初めてのペットだとはしゃいでいたから、メダカにどんな名前を付けたのかと尋ねると「メダカ」と名付けたと言っていた。それもうれしそうに。
話せば話すほど、わからないけど面白い男、それが藤野知生だった。
まじめでおとなしく、眼鏡をかけている藤野だが、新入生テストではあまりいい成績ではなかったそうだ。聞けば、塾には行かず、完全独学で勉強していたらしい。
新入生テストは毎年似た問題が出る。兄弟がいたり、塾に通っていれば過去問で対策するからいい点が取れるようにできている。周りの成績が良かったせいで順位が下がったようだ。結果を確認すると、案の定、点数自体は悪くなかった。むしろ、健闘している方ではないだろうか。
ちなみに俺は、テストを事前に手に入れて予習ばっちりで臨んだため、学年一位だった。ちらりと自慢げに言うと、藤野は感心したように手を握って、勉強を教えてほしいと頼んできた。
(藤野って不思議な行動力はあるんだよな)
なんて感心しつつ、勉強を教える約束をした。うれしそうに笑う藤野は目が糸みたいに細くなって、少し小鼻が膨らんで子供みたいな笑顔だった。なんか、そう、かわうそっぽいと思った。
藤野の家は、平屋の市営住宅だった。
かちゃりと開けて招かれた部屋は、玄関から部屋の突き当りまで全部見えた。家具も少なく、装飾もほとんどない。「ここが僕の部屋」と、案内されたのはふすまを隔てた隣の部屋で、ベッドと折り畳みの机が置いてあるだけだった。
藤野が「日に当ててふかふかにしたんだ」とニコニコしながら、座布団を進めてきた。それは本当にふかふかで気持ちよかった。
机の上には、いちご牛乳と、おばあさん手製の炭酸饅頭が置かれていた。手作りの饅頭でもてなされたのは初めてだった。この家は飾らず、自然体で藤野っぽいなと思った。
あわてて、手土産を手渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
正直、こんな簡素な家に住んでいるとは思わなかった。藤野本人は何も気にしていないようで、だからこそ余計に驚かされた。だが、帰るころには帰りたくなくなるくらいに、この部屋に流れる空気は居心地がよかった。
「いつでも遊びに来てよ」
そう言われるがままに、ほぼ毎日通うことになるのはすぐだった。三度目に訪問した時に、やっとおばあさんとも顔を合わせた。炭酸饅頭を手作りしそうな顔だった。なんというか、やわらかい優しそうで、あったかそうな……そんな感じ。おばあさんは、会うと俺にご飯を食べさせようとしてくる。お断りする日もあれば、相伴にあずかることもある。
藤野んちのご飯は、和食中心でちゃんとカツオや昆布いりことか、そんな出汁の風味がしたり、手作りのみそだったり。手間がかかっている。色合いは地味で控えめな印象の料理だが、じっくりと体に染み渡る味だった。
勝手知ったる藤野の部屋で三段ボックスからラノベを一冊引き抜き、ベッドでゴロゴロして読んでいるとふと思い出した。
「そういえば、夏休み明けが双葉祭だよね。期末に入ると放課後、教室が使えないから、早めに準備しないと」
藤野はおぉと、うなずいて「そうだね」ってノートを開いた。
「体育祭は、誰がどの競技に出るかまとめないとね。文化祭は、一年生はクラス展示だから、何を展示するかクラスで相談しよう……」
そうやってすぐに対策が浮かぶところ、藤野の頭の良さがわかる。
「頼りにしてるよ」
というと、藤野が俺の脇腹をこぶしでぐりぐり押し始めた。こうやって、藤野からのスキンシップが増えたのは、懐かない動物を懐かせたみたいな達成感がある。
「佐伯君はリレー出てね」
と藤野が言う。今までなら、利用されてやるって感じてたけど。藤野にはなんだか、頼られてやるって思えるから不思議だ。
脇をやられたお返しに、頭を両手でわさわさかき混ぜると、藤野の目がきゅっと細くなって口を開けて笑い始めた。小さな歯がかわいいなと思う。藤野は「やめてよ」と抗議しながらも、笑い声を止められず、こちらを見る目は楽しそうで、どこか甘えている。そんな姿を見ると、俺も自然と笑顔になってしまう。いつもその繰り返しだった。
藤野は不思議とあたりに「仕方ないな、俺が(私が)やってやらなきゃな」と思わせる何かを発している。本人は大人しくて控えめなのに、存在感そのものが自然にそうさせる。つい手を貸したくなるし、頼られたら嫌な気はしない。
藤野は足らないところにそっと手を貸すのも自然だ。ある時は、教室中にあったはずのゴミがいつの間にか、捨てられていたり。足りないと思っていた絵の具類や、新聞紙が増えていたり。藤野はそうやって小びとの靴屋的な活躍をする。気づかない人は気づかない、でも、藤野の魅力に気付くやつがちらほら現れて、正直、牽制するのが大変だったのは言うまでもない。藤野の良さに気付いたのは、俺が一番だからなって思ってマウントを取る自分がいる。
「おい、藤野の交友関係をお前が決めてやるなよ」
なんて言ってくる三好とかいうやつもいたけど無視だ。
俺が勝手に意識しているだけだ。
