猫かぶり君の、愛しい沼男君

 そして期末も終わり、冬休みに入った。
 俺は当たり前のように、藤野の家に通っている。そして、なぜか三好たちも集まるようになった。みんなで教えあえば、捗るよねって藤野が提案したからだ。はじめは三好たちも藤野の家を見て、驚いていたが居心地の良さにすっかり定着した。
 もう少し空気を読んでほしい。
 「空気読めって顔に書いてある」
 すかさず、三好からツッコミが入る。本番と同じ時間を計って模擬問題を解いていた、その合間だった。俺は視線だけ三好に送る。
 「安心しろって、クリスマスだけは遠慮するから」
 「それって自分たちがクリスマス過ごしたいだけじゃないのか」
 「まあな」
 言い返すと、三好は珍しくたくらんだ笑顔じゃなく、普通の笑顔を浮かべた。いや、待て。机の下で手をつながないでほしい。藤野はまだ知らないんだから。
 俺がそう思って藤野を見ていると、きょとんとした目でこちらを見てくる。三好が何でクリスマスを遠慮するのかわからないって顔だ。クリスマスって恋人と過ごすもんらしいぞ?

 「佐伯ってホント、藤野の表情の差分。見分けるのうまいよね」
 他の二人もうなずいている。藤野は分かってないって顔だ。
 「あ、ほら。今だって藤野の表情なんて変わってないけど、わかった感じだろ?」
 「藤野は割と表情豊かだよ」
 三好は驚いた顔で、藤野を見た。
 「たぶん、そう思ってるの佐伯だけだよ」
 三好は今日はちょっと、いいやつだ。
 それで話は終わった。時計を見ると、いい時間になっていたので、あわてて次の模擬問題のために、またタイマーを起動する。また黙々とペンを走らせた。

 三好たちは宣言通りクリスマスには現れなかった。いつもよりも静かな部屋で、ノートを走るペンの音が響く。
 「今日クリスマスって知ってた?」
 藤野は顔を上げて、カレンダーを見ている。たぶん、模試の結果の手直しのほうが気になっている。
 「受験生でもクリスマスって祝ってもいいと思うな」
 だけどそれを押し付ける気なんてなかった。ただちょっとだけ、二人で何かしたいなって思った。藤野は少し考えて、ペンを置く。
 「うん、じゃあちょっと何かする?」
 「やった!しようしよう」
 思わずハイタッチをすると「わ、陽キャ」って呟かれた。それ、藤野が俺によく言うやつだ。

 二人で話し合ってホットケーキを作ることになった。実はもしルームシェアになったとき、頼られてもいいように少しずつ料理を勉強している。だって、藤野には頼られたいから。
 それで、こうかっこよく作って見せたかったんだけど、藤野が「重曹を膨らませるには酸だよ」って理系っぽいこと言いだして、ヨーグルト入れたり。間に挟むのはあんこになったり。
 そもそも俺、おばあちゃんの割烹着を着ている。要するに、甘い雰囲気にはならなかった。
 恰好はつかなかったけど、お皿に積み上げられたホットケーキを見るとなんだか感慨深くなった。
 「俺らの愛の共同作業だ!」って、藤野も「楽しかったね」って。「愛の」の部分には触れず、なんか流された。

 「藤野、あーん」
 俺はまだ、甘い雰囲気にするのをあきらめていなかった。一口分を藤野に差し出してみた。藤野は何のためらいもせず、パクっと食べた。まるで藤野のペットのメダカみたいに。
 こういうのって、もっと甘い雰囲気になるんじゃないのか。

 「……あんことホットケーキって合うね」
 「うん、おいしい。なんかこの味はきっと忘れないだろうな」

 俺はしみじみそう思って、ホットケーキを口に運ぶ。こういうの良いな、二人でキッチンに立って、協力しながら料理作って。肩をくっつけながら、おいしいって言いあうの。
 「僕も、そう思う」
 俺の妄想に答えてくれたのかと、びっくりして藤野を見た。なんか、あれ? 照れてる?
 ああ、でも今はこうやって意識されなくても側にいられるだけで、いいや。俺、今でもちゃんと幸せだから。
 ふいに視線を感じて藤野を見ると、今まで見たこともないような瞳の色で俺を見ていた。
 「なに?」
 「うん、クリスマスだね」
 ああ、前言撤回、できればもっと意識してほしい。