猫かぶり君の、愛しい沼男君

 気づけば昼休みのチャイムが鳴っていた。
 佐伯君が椅子を寄せてきて、お弁当を広げている。彼のお弁当はすごくきれいだった。僕もあわてて自分のお弁当を広げる。全体的に茶色いけれど、おいしい。

 「いただきます」
 手を合わせると、佐伯君も真似をした。
 「ちゃんとしてるな」
 からかうでもなく、感心したように言う。
 「……習慣」
 「そういうとこだぞ。眼鏡かけてるし、姿勢はいいし、休み時間は本を読んでるし、あと……眼鏡かけてるし、姿勢はいいし……だから藤野が適任だと思ったんだ」

 ……二回も同じことを言っている。学級委員長を押し付けた言い訳だ。
 「そっか」
 僕はうなずき、お弁当を食べ始める。少しだけ反抗心で姿勢を崩してみる。
 「はははっ」
 佐伯君が声を出して笑った。慣れない姿勢はつらく、すぐに戻した。

 「委員長! 副委員長! 先生が呼んでる」
 扉の前に立っていた女子が、視線をさまよわせながら呼んでいた。僕は手を上げて「行きます」と答える。
 「やる気じゃん」
 佐伯君がからかう。
 「だって、困ってるだろ」
 僕はいそいそと立ち上がって、呼ばれた方へ走る。
 「そういうところだぞ」と彼は言う。何が「そういうところ」なのかはわからないが、呼ばれているので急いだ。

 先生の呼び出し内容は、学級委員会の話し合いが放課後にあるということだった。



 そして放課後、伝えられた教室に入るとさっそく、佐伯君は知らない人に肩を組まれた。僕は驚いて一歩引く。コミュニケーションが陽キャだ。怖っ。

 「やっぱ、佐伯のクラスの委員長はお前だと思った」
 その人はそう言って佐伯君の肩をバシバシ叩く。やっぱり、佐伯君は学級委員長顔だと僕も同調した。
 「いや、うちのクラスはこっちが委員長」
 「……あ、初めまして。藤野です」
 指をさされてしまい、お辞儀をすると、「ああ」「おお」と頭を掻かれた。僕には肩を組んでくるようなことはなかった。

 議題は一泊二日の新歓オリエンテーションについて、いわゆる新入生歓迎会だ。
 決めるのは、結束式と解散式の司会進行・挨拶、キャンプファイヤーの司会進行、火の神様役。そして、役にならなかった人はしおり編纂係。

 結束式と解散式は他のクラスの希望で決まった。
 僕は今回も黙っていることにした。初心者の僕はしおりを編纂する係で良い。…と思っていたのだが、火の神様役を決める場面で、女の子が押し付けられそうになってうつむいてしまった。彼女は何度も嫌だと言っているのに、同じクラスの男の子が強引にすすめているようだ。火の神様役はコスプレもするからなあって。僕はしばらくその様子を見つめた。

 ふいに、彼女が僕の目をすがるように見た。

 「僕やります」
 気づけば手を上げて、その言葉が口から出ていた。

 満場一致で僕は火の神様役を引き受けることになった。佐伯君が目を丸くして僕を見ている。うん、彼も同じようにやろうとしていたのは見えていたけれど、僕のほうが先だった。泣きそうだった彼女は明るい笑顔を取り戻し、しおり係になってほっとした様子だった。


 佐伯君はキャンプファイヤーの司会進行係だ。得意そうだ。

 廊下を教室に向かって帰っていると。佐伯君が途中で自販機に寄っていちご牛乳をおごってくれた。
 「やっぱ俺の目に狂いはなかった」
 とか何とか言いながら肩を組んできて僕の肩を叩いた。さっき見た! 陽キャのコミュニケーション。
 なぜ彼がうれしそうなのかは、よくわからないが、初めて飲んだいちご牛乳はとてもおいしかった。



 新歓は無事に終わった。
 想定外だったのが、火の神様役だった。
 どうして役を決める時に、皆ちゃんと注意してくれなかったのだろう。火の神様は女神様だった。どうなったかなんて想像通りだ。僕は学年全員の前でひらひらした衣装を、ひらひらさせながら学年主任から火を受け取り。皆のヤジと拍手を背に、聖火リレーのごとくトーチを持ってひらひら着火台に走った。


 恥ずかしかったけど、キャンプファイヤーは盛り上がったからよし。
 終わったことはなかったことにしよう。