猫かぶり君の、愛しい沼男君

 だが、学校に戻るとまた現実だ。
 期末テストだ。
 修学旅行で浮かれていた気分が一気に現実に戻された。
 なんちゃって進学校。されど、進学校だ。期末テスト後は面談を受けて志望校を決め、進路を確定する。本格的な受験の準備が始まった。

 ただ、修学旅行後に変わったこともある。
 佐伯君が背後霊になった。いや、リードのついていない犬だろうか。僕の後ろを、ついて回るようになったのだ。だが、ありがたいことに、佐伯君は文系にも関わらず、理系の範囲もばっちり抑えてくれていて、勉強を教えてもらえた。
 「すごいね、さすがだね」
 と、感謝を伝えると。
 「俺、理転するから」
 と、さらりと爆弾を落とした。近くで聞いていた三好君が、半目で「藤野。もう逃げられないな」って憐れまれた。


 そして、桜舞う四月。
 宣言通り、佐伯君は理転した。
 「同じクラスになる確率、半分だよ? 思い切ったね」
 そう言うと、佐伯君は振り返って、肩をすくめた。
 「俺は、ぜったい同じクラスになるって思ってたから」と言った。それもすごく堂々と自信満々に。
 「……なんで?」
 「俺が藤野のそばにいるって決めたからな」
 不思議な理屈だし、根拠もない。
 でもその言い方があまりに迷いがなくて、冗談だと流すタイミングを失った。

 結果、貼りだされたクラス表をみると同じクラスに名前があった。
 「ほらな」
 すごく得意気なのが、面白かった。


 三年生になり、クラス替え後の緊張感も解け始めた頃。
 佐伯君が以前にもまして、僕に構うようになった。後ろから不意に抱き着いてきたり、肩を組んだまま移動教室に行ったり。まあ、佐伯君は陽キャだから、そういうスキンシップもするだろうと思う。
 家に帰る時も、一年の時と同じように僕の家に来るのだけど、なぜか。佐伯君の足の間に座らされたり……。横を向くと、すごい近いところに顔があって何度か驚かされた。
 「え?」って思うと、佐伯君はしゅんっとした感じで。「なんか、くっついてないと寂しくて」と言う。二年の時に、離れてしまって、言葉足らずでこじれてしまったことが、まだ尾を引いているらしい。僕も寂しかったから、わからないでもない。
 こっそりこれが普通なのか三好君に聞いてみたら「俺に聞かないでほしい」を遠回しに言われた後、「佐伯にとっては普通なんじゃないかな」と、そういう三好君の顔は悟りを開いたような顔をしていた。
 とりあえず、陽キャだから、物理的に距離を縮めようとしてるんだろう、と納得することにした。

 今日も今日とて、僕の家で勉強をしていた。なぜか肩が付くほどに近い。佐伯君はそんな位置にいつもいるから、僕の進路調査票も見られていた。
 「え、藤野……志望、K大なの?」
 「うん、家から近いし」
 僕がそう答えると、佐伯君が自分の進路調査票にK大と書いてしまった。
 「ちょっと、佐伯君……それはどうかと思うよ。ただでさえ、体育教師になるのは文系だって分かってるのに、理転しているし。そうやって、将来を他人の意見を見て決めるのはよくないよ」
 そう言うと、佐伯君は僕の肩に頭をのせて、ぐりぐりしながら言った。
 「藤野が言ったんだ。叶えたいことのために勉強がある。って俺の叶えたいことは藤野のそばにいることだよ」
 なんてことだ! 佐伯君はあまりにさみしすぎて正常な判断が、できなくなってしまっているようだ。

 僕は佐伯君のほうを向き直って、その顔を両手で挟む。
 「あのね。一緒にいるのが目標になったらおかしくないかな。佐伯君は将来どういう形で僕と一緒にいたいの? 僕は体育教師になって、子供たちに学校の楽しさを教えてるかっこいい佐伯君が見たい」
 少しの間、佐伯君は黙ったままこちらを見た。するとごチンとおでこをぶつけてきて僕の手を上から包む。

 「……その言い方はずるい」
 低い声だった。
 「藤野のそばにいたいのは本当。でもな、それだけでいいって思ってるわけじゃない」
 何だろう、僕から佐伯君の頬をつかんだのに、手が熱くて。息がかかるたびに恥ずかしくなる。
 「佐伯君……ちゃんと考えよう。将来のことなんだから」
 僕がそう言うと、佐伯君はうなずいた。手を放す瞬間、手首に唇を押し当ててくるから驚いた。そのせいで、頭がぱっと真っ白になって何も考えられなくなっていた。

 そうやってたしなめたのに僕は自然と、佐伯君のそばにいる未来を描いていることに気付いた。
 『佐伯君は将来どういう形で僕と一緒にいたいの?』
 『僕は将来、どういう形で佐伯君と一緒にいたいの?』

 そして、ふと思い浮かんだのは、体育教師になった佐伯君の近くで、僕も教師として立っている姿だ。