猫かぶり君の、愛しい沼男君

 そこから少しずつ、お互いの近況報告を始めた。すごい面白い話じゃないのに、楽しくて。俺の話だって、たぶん面白くないはずなのに、藤野は深く相づちを打ってくれる。
 一年のころに戻ったようで、俺が好きだったのは藤野の持つこういう雰囲気だったなって、自覚した。
 ああ、認めなかったけど……好きだった。
 思いはあふれるんじゃなく、こぼれるんだな。


 時間はあっという間に過ぎて、三好たちが夕食のために帰ってくる。まだ、もっともっと、藤野と話したい。三好は呆れた顔をしつつ、「メシ、食ってからも来ればいいじゃん」と言った。藤野もうれしそうにうなずいているから、全力その提案にのった。
 すべて終わらせて再度訪ねると、藤野がうれしそうに迎えてくれた。
 時計の針はどんどん進む。それでもまだ話足りなかった。

 「今日……ここに泊まってもいい?」
 藤野は案の定、断らなかった。三好のほうを見ると、こめかみを引きつらせながら「どうぞ」と言った。同じ部屋の奴には、他のところに泊まることを伝えて、藤野のベッドに寝転ぶ。

 「ちょっと狭いけど、遠慮するな」
 なんて照れ隠しに言うと、三好からツッコミが入ったものの。藤野は何の(てら)いもなく俺の横に寝そべった。ドキドキする反面、藤野には意識されていない?ってバカなことを考えた。
 十一時になると、藤野の目がとろんとしてきた。いつもなら寝ている時間だもんな。そう思っていたら、寝た。


 「え?藤野寝たの? ぶっ、ぜんぜん意識されてないじゃん」
 三好がこっちを見て笑っている。図星だから睨み返すしかできなかった。でもこうやって、関係を取り戻せたのは三好のおかげでもあった。

 「あの。ありがと」
 三好は起き上がってベッドの上に胡坐をかいた。
 「オレ、彼氏いるんだ」
 なんかその一言で、俺の気持ちが三好に見透かされてた理由も、やけに親切な理由も理解できた。

 「……そっか」
 「うん、そう。だから目の前でバカみたいに不器用にふるまわれると、共感性羞恥ってやつ?見てられないから」
 三好の視線は藤野のほうに向いた。すごく優しい顔をしている。
 「放っとけないじゃん。藤野良い奴だし」
 「え、そこは俺じゃないの?」
 「お前はクズだよ」
 ひどいことを言われたのに、盛大に噴き出して笑ってしまった。
 そのあと、少しだけ三好の惚気を聞いた。白石と森川は部屋が乾燥するのかすごくむせている。

 藤野の呼吸音があまりに静かで、唇のところに指をもっていって生きているか確認した。
 藤野は生きている。

 朝、誰かのスマホのアラーム音で起こされた。カーテンの隙間から強烈な光が差し込んでいた。
 まだ、藤野は幸せそうに寝ている。
 「誰だよ、朝から」
 悪態をついて起き上がると、皆もそもそと起き上がってきた。
 「……おはよう」
 藤野も起きたらしく、ふにゃりと笑った。あ、かわいい。にやけるのをごまかすように伸びをした。
 「藤野って寝相良いな。生きてるか確認したよ」
 「え?……」
 自分で言っておいて、寝てるところを見てましたって白状したようなもんだ。
 「赤ちゃんかよ」
 三好のツッコミが朝からキレわたってる。おかげで変な空気にならなかった。

 スマホをタップすると、時間は六時半を過ぎていた、朝食は七時だ。いったん部屋に戻って荷物をまとめる必要がある。
 「じゃあ、俺いったん部屋に戻るわ」
 そう言ってみたものの、そう言えば大事なことを伝え忘れるところだったと振り返った瞬間、目に飛び込んできたのは藤野のスマホの画面だった。
 一年の文化祭で撮った俺と藤野の写真。
 藤野はそれを見て笑っている。
 「あ、ごめん」
 藤野が慌てて画面を伏せる。反応する勇気はなくて、
 「あ、いや。六組も午前が美ら海だろ? 一緒に回ろうって言おうと思って」
 学年を奇数組、偶数組と分けて行動する。二組と六組は同じ行動だったはず。
 藤野はたぶん、三好たちと約束していたのだろう、そっちに伺うように視線を送った。

 「うん、いいよ」
 俺は「じゃあ、また」とか言いながら部屋を出た。扉を閉めた瞬間、声は出さずこぶしを突き上げていた。
 よっしゃあ!
 修学旅行に出る前は、不安でしかなかったのに。今は逆に、うまくいきすぎることが不安だ。

 それからは本当に穏やかに進んだ。
 おそろいのTシャツも買った。そのTシャツを着て国際通りを歩けたのも楽しかった。藤野の笑顔もいっぱい見れた。
 それでもう、わかってしまった。
 遠ざけたり、見ない振りしたり、そんな風にあがいてもこの気持ちは消えない。
 藤野の声も、優しいまなざしも、ひとつひとつが俺の中に居場所を作っている。

 俺は藤野が好きだ。
 もう、肚が決まった気がする。