猫かぶり君の、愛しい沼男君

 朝、下駄箱で久しぶりに、元クラスメイトの三好とかち合った。クラスメイトだった時も大して会話をする中ではなかったが、見透かしたように忠告してくるから少し苦手意識がある。

 「よお、佐伯。ずっと聞きたかったんだけど。失恋したの?」
 ぎょっと、目を剥いたが三好はお構いなしだ。彼の言葉は「藤野に」を隠している。察しているのは俺だけだ。多分、三好はほんとにただ聞いてみたかったって、そういう好奇心を感じた。
 「ちょっと場所移して話そうか」
 俺は三好を自販機まで連れ出した。

 「どうしてそう思う?」
 俺の質問に三好は少し首を傾げ、真剣な目で俺を見た。
 「いや、雰囲気だよ。二年生になってすっぱり距離を取っただろ? あんなにけん制してたのに」
 「でもそれがどうして失恋なんて話になるんだ」
 俺がぎゅっと眉間にしわを寄せてつぶやくと、三好は何でもないように。
 「見てたらわかるよ。佐伯の方はそうだろ? 藤野は気づいてないようだけど」
 と何でもないことのように答えた。

 「中途半端に手放すくらいなら、最後まで面倒見ろよ。藤野いまだにクラスになじもうとしないんだ。誘えばくるし、話しかければ答えるけど。なんか、懐かないっていうか。母猫と引き離された子猫みたいだ。なんで、育児放棄したの? 無責任じゃね?」
 そっか。変わらなく見えた藤野も俺がいなくなって、少しは寂しく思ってくれているのか。
 「にやけてんじゃねーよ」
 思わず口元が緩んだ俺に、三好は素早くツッコミを入れる。
 「なんだよ、あきらめきれてないじゃんかよ」
 三好は盛大にため息をついて、俺の肩を小突いた。
 「ならさ。ちゃんと藤野を誘ってやれよ。修学旅行」
 三好はたぶん、藤野を心配して俺に声をかけてきたんだ。今日下駄箱で会ったのも偶然じゃないかもしれない。
 「三好っていいやつだな」
 俺は自然にそう思った。
 「余計なお世話って言いたいんだろ」
 三好はふいと目をそらして、口を引き結んだ。

 俺の責任……か。俺の一部が藤野に残っているようで、くすぐったく思った。

 予鈴が鳴って俺たちは解散した。

 放課後、手早く荷物をまとめて、理科準備室に向かおうとした。だが、俺の前に彼女が立ちはだかる。
 「ねえ、修学旅行、誰と回るつもり?」
 結構大きな声だったせいで、クラスの視線が集中する。俺は答えず、カバンを持って彼女のいない方へ動いた。彼女はしつこく俺の後ろをついてきた。しつこく聞いてきてうんざりする。
 教科棟の渡り廊下であきらめて「藤野」と答えると彼女の顔がゆがむ。

 教科棟は静かだった。
 「佐伯君って優しいね。あの子、教室でも一人だもんね」
 それって、彼女も藤野を見に行ったってこと。なんで? どうやらひどい顔で見つめ返していたようで、彼女は悲しそうに顔をゆがめた。
 「そんな風に言うなよ。俺にも『責任』があるんだから……」
 「わたしは、一緒に修学旅行に回りたかっただけなのに」
 こらえるように、彼女がうつむいた。アクセサリのような彼氏よりも友達と回った方が楽しいと、提案したのになんで、俺なんかと回りたいんだろう。
 そう勝手なことを思っていたら、つい強い口調になった。
 「それについては話しただろう。ここまで追いかけてきて何が言いたいの?」
 彼女は顔をゆがませてそのまま走り去っていった。
 俺はひとり残されて深いため息をつく。後でフォローしよう。

 階段を上がると、理科準備室の前で藤野がうずくまっていた。俺のことを待っていてくれたことがうれしくて、でもすぐに藤野の表情を見て自分が何か失敗したことに気付いた。

 「止める。やっぱり、佐伯君とは修学旅行一緒に回らない」
 藤野は立ち上がると理科準備室に閉じこもる。
 「佐伯君に責任なんてないよ。僕は僕が選んで一人なんだ!」
 全部聞かれてた。言い訳がぐるぐると頭の中をめぐる。俺の選んだ言葉が間違っていた。どう弁解したらいいんだろう。何か一言でも目を見て話したかった。何度か扉が開かないかと揺らしたが開かない。中から鼻をすする音が聞こえてきて。俺が藤野を傷つけてしまった事実を、突きつけられた気がした。

 部活に出て、理科準備室の窓を見たけど彼の姿はなかった。
 「ごめん」と送ったメッセージは、既読はついたのに返事がなかった。そのすぐ下には、「別れたい」と彼女からのメッセージが来ていた。それには「今までありがとう」と返しておいた。
 次の日、彼女とは正式に別れた。引き止めないことに、傷ついた顔をしていた。
 我ながらクズ過ぎて、呆れてしまう。


 藤野に声をかけたくても、三好たちの鉄壁の防御を突破できず、学年集会の日になってしまった。おおよそのたび程や、注意事項についての説明があった後。
 「じゃあ、自由行動の班を決めるから、それぞれ班を作って、できたら座って」
 と先生がそう言い、笛を吹いた。
 俺は迷わず藤野のところに走った。三好がすごく嫌そうな顔で立ちふさがった。
 「藤野は俺と班組むから」
 そう言うと、三好はじっと藤野のほうを見ていた。藤野が拒否していないのを確認すると、ため息をついた。
 「ああ、そかそか。仲良かったもんな二人」
 そう言いながらも俺をにらむのも忘れずに手を引いた。
 藤野は言われるがまま俺と、名簿に名前を書いた。何か言いたそうに口を開いては閉じ、結局俺を受け入れてくれている。藤野は俺がつかんだ腕をじっと見ていた。まるでそこに鎖が見えているかのようだった。

 藤野は俺みたいなやつに好かれてかわいそうだ。