あの夏祭りの夜、僕が泣いた理由

 さて……紡の予想に反し、美味しい血液の持ち主である彩園寺夜野のマッサージ通いが再開したため、本日もウラドの機嫌が最高に良い。

 機嫌が良いのは火口も同じだ。

 毎日が、楽しくて仕方がない――というのは、こういう感覚かと、やっと理解した気持ちだった。珈琲を飲みながらキッチンの椅子に座っていると、砂鳥がそこから見えるダイニングのテーブルに、上半身を投げ出した。そして、火口を見る。

「大学、順調そうですね」
「ええ。非常に充実していますよ」
「良いなぁ。僕は、毎日店番だし……」
「――砂鳥くんも、お友達を作ってみてはどうですか?」

 そう言って火口が微笑すると、少年の姿をした妖怪は、少しだけ考え込むような瞳をした。

「僕、あんまり人間って好きじゃないから、それはちょっと……」

 火口は、嘗て砂鳥が、迫害された事のある妖怪だったと思い出した。
 中には――人間よりもある側面や、全体的に弱い妖魔も存在する。

「かと言って、ウラドや火口さんは別として、妖が好きっていうわけでもないんですけど……それに、僕は、人の心が視えるし、一緒にいても退屈になりそうだと思って」

 覚という妖怪である彼を見て、火口は静かにカップを傾ける。

「では、何か趣味を作ってはいかがですか?砂鳥くんは、特に何かに熱中したりといった様子が見受けられませんが」
「趣味、ですか? 火口さんの趣味は?」
「今は、人間の観察です。見ていて実に面白いですよ」

 火口の声に、砂鳥は、紡の姿を思い出しながら、何度か瞬きをする。

「それは分かります。僕も、心を読んでるのは、楽しいから」
「難しいですね、もっと何か具体的な……料理でもしてみますか?」
「ううん。僕は、火口さんのお料理が好きです」

 砂鳥の声に、火口が喉で笑う。

「では、何かやってみたい事は? 僕であれば、人間の学問を学びたいという動機から――現在のように、人間という生き物、特に人間と築く友情に関心をもちました。世の中、何がきっかけになるか、分かりませんよ?」

 そう言って珈琲を飲む火口を眺めながら、砂鳥が瞳を揺らす。

「――まずは、やりたい事を探す事、見つける事から始めたいと思います」

 答えた砂鳥を優しい瞳で一瞥し、火口は頷いた。こうして、彼らには新しい秋が到来したのである。