あの夏祭りの夜、僕が泣いた理由


 火口は、飲み会の帰り道で、紡を見た。帰路が別れる角での事だ。

「紡くん」
「どうかした?」
「僕は、紡くんを見ていると、とても楽しい気分になります。本当に、興味深くて」

 微笑した火口の声に、酔っているのか心なしか顔が赤い紡は、一度視線を下げると、それから満面の笑みを浮かべた。最近では笑う姿が増えたが、紡がこのように笑うのは珍しいと火口は既に知っていたから、やはり酔いが回っているのだろうと判断する。

 火口は酒に酔う事は無い。酒に関しては、酔う妖も存在するが、火口にとっては、あくまでも空気を楽しむための小道具であり、娯楽の一形態だ。

「僕も――火口くんと友達になれて、すごく嬉しい」

 小さな声で紡が言った。口元の微笑を深くして、火口が頷く。
 こうして二人は別れた。

 ――歩きながら、火口はそれまでの、作り笑いを消し、代わりに本来の表情で、うっすらと笑った。

「友達、ですか」

 喉で笑って、一度だけ、歩いていく紡を振り返る。

「そろそろ、良いでしょうか。十分でしょうね」

 火口は繰り返すが、非常に心が狭い。すぐに怒りに駆られるし、その怒りは持続する。例えそれが勘違いであったとしても、何もなく許すような性格ではない。

 ――そろそろ、無視をされて傷ついた、復讐をする頃合いだ。

 一人満足そうに笑いながら、火口はその日、機嫌よく帰宅した。

「おかえりなさい」

 出迎えてくれた砂鳥が、笑顔で麦茶を出してくれた。

「何か良い事でもあったんですか?」
「――そうですね、これから、とても楽しい夏期休暇中の予定があるんです」

 それを聞くと、砂鳥が何度か頷いた。

「大学、順調なんですね」
「ええ。きっと、これからもっと楽しくなると思います」

 すると、そこの姿を現したウラドが、不機嫌そうな表情で、半眼になった。
 ここの所、ずっとウラドは不機嫌だ。
 餌にしていたマッサージ客が、来ないからであるらしい。

「お前だけ楽しい日々なんて、イラつく」
「そう言われましても」
「あ――それはそうと、夏目は元気か?」
「少なくとも、僕から見る限りは、普段と同じですね」
「そうか。じゃ、その内会いに来いと伝えてくれ」
「ええ」

 そんなやり取りをして、夜が更けていった。