「私はただ、私を陥れたみんなに悪いことが起こればいいと思っただけ······。でも私があんなこと願ったから。消えちゃえばいいなんて、口にしちゃったから? 私、は······私が本気でそう思ったのは、椎菜だけだったのにっ」
「じゃあこんな状況になったのって、やっぱり奈々ちゃんのせいなんだ?」
「······ごめ、なさい······わ、たし、·······こんなことになるなんて、思わなく、て······、」
石井奈々は愕然とした面持ちで、椎菜越しになにかを見ていた。動揺している奈々に対して、その視線の先が気になった椎名はゆっくりと身体を後ろへと向ける。
「三枝くん? と、オカルト部の、先輩?」
ふたりは並んで廊下の真ん中に立っていた。
「佐々木さんに、石井さんも? 学校来てたんだね、良かった。いや、良くないか。俺たち、元の場所に戻れるかもわかんないし」
優羽は、今ちょうど気付いたかのようにそんなことを言ってみせた。先ほどまでの言い合いを一部始終見ていたわけだが、このふたりの関係が思っていた以上に良くないということも理解の上で。
「とにかく、みんなでここから脱出する方法を探さないと。ふたりは他に誰かと会った?」
優羽の問いに、奈々も椎菜も首を振った。
「そっか。じゃあ俺たちだけなのかも」
「え? そう、なんだ······」
奈々はどこかほっとしたような表情を浮かべ、胸に手を当ててぼそっと小さな声で呟いた。あの時、この口はなんと言ったか。はっきり憶えている。あの時の願いは"みんな消えろ"だったはずなのに。
「奈々ちゃん、ずるいよ。自分のせいでこうなったってさっき言ってたくせに······」
「それは······私にもわかんないよっ」
「わかんないって······望んだんでしょ? 私なんていなくなればいいって。ついでにみんな消えちゃえって。そう、願ったんでしょ?」
ふたりの前でそんなことを言い出した椎菜に、奈々は表情を歪める。きっと優羽と会話を交わしていたのが面白くなかったのだろう。あえてこのタイミングでバラすなんて本当に最悪だ、と奈々はその場に座り込んでしまった。
もう、なにもかも終わりだ。
今更、なにを言っても遅い。後悔しても、遅い。悪い夢だったと、目覚められたらどんなに幸せか。今のこの状況で自分が謝罪したところで、もはや手遅れなのだ。
そんな中、優羽の隣にいた陽が口を開く。
「元凶は君と、それから君もだ」
え? と奈々は顔を上げる。
「君は自分の犯した罪さえもその子に擦り付けて、すべてなかったことにできるとでも? 彼が昨日部活中に怪我をしたのは、君がそれを望んだから、だろう?」
椎菜が望んだから?
「······な、なんのこと? 私はなにも知らないわ。ぜんぶ奈々ちゃんのせいでしょう? 自分でそう言ってたもの!」
「そう、だけど······三枝くんに対してそんなこと願ってない。だって私が願ったのは、」
椎菜に関することがほとんどで、優羽については"好きなひとに嫌われればいい"とか、そんな程度のことだった。
「そもそも。どうして先輩はなんの証拠もなしに私を疑うんですか? 私は三枝くんのことが好きで、告白もしました。なんで好きなひとに対してそんなことするんです? それに、私は三枝くんたちのおかげで救われたんですよ?」
やんわりと、穏やかに。
静かにのんびりとした口調で椎菜は訊ねる。
優羽としては、もし彼女に怨まれる理由があるとしたら、その気持ちに応えられなかったことくらいだろうと思っていた。
しかし陽は椎菜の後ろの方をすっと指さして、自分が"視えているモノ"に対して怪訝そうに目を細めた。彼女の、彼女たちの後ろにいる、モノ。
「君に纏わりついているその黒い影が、なによりの証拠だ、」
陽は氷のように冷たい視線を椎菜に向けた。
「······禍に魅入られたのだろう。知らず知らずのうちに。それは負の感情が大好物だからな。よく育っているところをみるに、完全に蝕まれるまでもう猶予はなさそうだ」
侵蝕している影。それは禍神がこの地にバラまいている禍。ほとんどの人間はそれを育てることはない。育ってしまったら最後、喰われて異界に連れて行かれる。禍人は、禍《わざわい》に魅入られた負の感情の強い人間たちの成れの果て。
故に、あそこにいる連中は望んで異界に住んでいるのだ。彼ら彼女らにとって異界は天国のような場所。誰も自身の邪魔する者はいない。
「君たちはもうじき、もっと下に落ちるしかなくなる。二度と戻ることは叶わない深淵。そして、この世に存在していなかったことになる」
それがどういう意味か。
奈々は地べたに座り込んだまま、真っ青な顔で虚空を見つめていた。自分が自分でなくなる感覚を、何度か体験してしまっていたから。
その一方で、椎菜はゆっくりと首を左右に振り、ぶつぶつとなにかを呟き始める。そしてそれが途切れた瞬間、なにかがふつりと切れたかのように「あはははははは!」と、狂ったように大声で笑い出したのだった。


