扉を開けて外に出ると、どこにでもあるような汎用な廊下が広がっていた。自分たちが通いなれた校舎とも違う。薄暗い廊下。ひんやりとした空気。しん、と静まり返った空間で足音だけがやけに響く。
「ここは、俺たちが元々いた学校じゃないんだよね? 夢でもまぼろしでもない。だったらどういう場所なんだろう」
先ほど陽は"怪異に呑まれた"と言っていた。冗談を言うようなひとではないとわかるからこそ、現実に起こっているのだと確信する。しかしそのこと自体が、いまいち優羽には理解できていなかった。それはつまりどういう状況? という感じだ。
「生と死の狭間。現世と幽世の境界。異界とも違う。曖昧な場所」
聞いたら聞いたでますます理解不能に······。
「······訊いておいてあれだけど、やっぱりいいかな。俺じゃよくわかんないし。とりあえずふつーじゃない場所ってことで」
「好きにするといい。考えても意味はない」
すたすたと陽が歩き出す。細かいことは気にしないタイプなのだろう。優羽は苦笑を浮かべ、数歩遅れて陽の後を追った。同じ景色がずっと続いている気がする。教室の上についているプレートもぜんぶ『1−1』で、それは偶然か優羽のクラスと同じ。ループしているかのような錯覚に陥るほど、真っ直ぐに続く廊下に終わりが見えない。
「……日上センパイは、結局のところ何者? なんで朔くんなの?」
自分でも、とりとめのない質問だとは思っている。一番気になるのは陽がなにかというよりも、朔夜に固執しているところ。その理由が知りたいと思うのは仕方のないことだった。
女の子が朔夜に近づくのも嫌だった。他の誰でも嫌だ。でもそれではいけないということも知って、高校生になってからは少し距離を置くようにした。した、けれど。まさかその間に、自分が本来いた場所に陽がいるとは夢にも思わなかった。
子どもじみた嫉妬心。わかっている。でも、だったらせめて素性を知っておくべきだと思ったのだ。朔夜の横にいても心配しなくても済むように。
ぜんぶ自分のためだけど。
「……約束、したからな」
「約束?」
ぼそりと呟いたその声はどこか寂しげで。優羽は首を傾げて思わず復唱していた。約束。誰と? 朔夜と? それとも別の誰か……。とにかく秘密だらけだということはわかった。何者かは語る気もないようで。それはつまりただの先輩ではないという肯定なのだと、納得することにした。
途切れた会話を気にすることもなく、陽はどんどん先に行ってしまう。彼にはどこに行けばいいのかわかっているのだろうか。それとも適当に歩いているだけ? いずれにしても一本道の廊下なので、迷うこともない。入れそうな教室はあれど、関係ないということ?
そんな中、前を歩いていた陽の足が止まる。
「奈々ちゃん、やっぱり来てたんだね?」
遠くで微かに聞こえてきた女の子の声。聞き覚えのあるそれに、優羽は眉を顰める。
(佐々木さん? それに奈々って……石井さん?)
佐々木椎菜は先ほどまで同じ音楽室の中にいたので、ありえなくもないが。石井奈々がここにいるのはどういうわけなのか。
あの日からずっと学校には来ておらず。きっかけは本人自身だったにせよ、椎菜がクラスのみんなにいいように言われていた時に横槍を入れたのは自分たちだった。あのままでは彼女が可哀想だったから、というそれだけの理由で四人でタイミングを見てみんなの前で発言した。
その日から奈々は学校を休みがちになり、夏休みに入る少し前に完全に来なくなってしまった。あとから真白に聞いて知ったのだが、自分たちのいない場所で今度は奈々の方が酷い陰口を言われてしまっていたようで。解決したと思っていたのに悪化していたのだと知る。
(石井さんが学校に来なくなってから色々と調子が狂ったのは、なにか関係ある? 知らないうちに俺も気にしてたのか? 自分のせいかもって)
知らず知らずのうちにメンタルがやられていたのかもしれない。そういうの、あんまり気にしない方なのだが。それとも他に運が悪くなっていた理由がある?
「……白々しいこと言わないでよ。椎菜が私をここに来るように仕向けたんでしょ? 私があんたのSNSを監視してるの知ってて、わざとあんなこと呟いだんだ」
「やっぱり監視してたんだ?」
くすり、と音を立てて笑った椎菜のそれに、優羽は違和感を覚える。佐々木椎菜という同級生をよく知っているわけでもないが、告白された時の彼女とはどうも別人に思えた。
表面上の彼女と今の彼女。どちらがホンモノなのか。優羽にはよくわからない。なぜなら彼女に対して一ミリも興味がないせいで、どういう子なのかも知らないからだ。
「ねえ、これって奈々ちゃんのせいなんでしょ? あのお呪い、すごく効くもんね。あれで私のこと呪ったんでしょ? 本当、奈々ちゃんって酷いよね。そんなに私が気に入らないんだ……それで関係のないひとも消そうとか思ったの? 三枝くんまで巻き込むなんて赦せないよ」
「……私、私は、ただ……っ」
椎菜の言葉に、奈々は取り乱したかのように首を振って声を荒げた。


