あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 優羽(ゆう)はゆっくりと目を開けた。薄暗い天井がだんだんと視界に広がっていき、落ち着いて来たその瞬間に陽《はる》の無表情がアップで現れたことにより、絶句する。

「……起きたか、」
「……起きた、けど。あの後なにが起こったんだ?」

 寝転んだまま、はあと嘆息する。なぜ辺りが暗くなっているのか。あれから何時間経ったのか。他のみんなは? 朔夜やみのりは、どうやら近くにはいないようだ。いればすぐに寄って来るだろうし、陽が最初に覗き込んでくることはなかっただろう。

「足は?」
「……足? そういえば痛くないかも」

 そうか、と陽は感情の薄い返答をして立ち上がる。涼やかな顔をしているが、なんだか浮かない様子。優羽も起き上がって状況を確認することにした。どうやらさっきまでいた音楽室ではないようだ。ここはいったいどういう場所なんだか。

 足の具合を問われ、優羽はなんの気なくズボンを少しだけ捲って右足首を確認する。あの黒い痣が消えていた。痛みもない。つまり?

「……つまり、これは」

 夢? にしてはリアルすぎる。
 言いかけて再び考え込む。

(だとしても、よりにもよってなんでこのひとと一緒なんだ?)

 肩や腕や袖を貸してもらっていた身で文句を言うのはあれだが、正直気まずい。優羽はとにかくいつも通り適当に会話をしようと決意する。日上陽という人物についてほとんどなにも知らないこと。しかしこの状況で頼れるのは彼しかいないということもなんとなくわかっていた。

「日上センパイ。最初の質問の答え、まだもらってないけど?」
「怪異に呑み込まれた。奴らの目的は君。俺は近くにいたから巻き込まれた」
「は? なんで俺? ……姉ちゃんとか朔くんは?」
「隊長はこの空間にはいない。サクヤは別の場所にいる」

 隊長……みのりのことだろうか。そういえば陽がふたりの名前を呼んでいるのを聞いたことがなかった。なんならはじめて聞いたかもしれない。朔夜のことはいつも『君』と呼んでいたし、みのりに関しては呼んでさえいなかったような?

(ま、俺がいない時に呼んでたのかもだけど? なんか新鮮)

 とにかく、みのりは呑み込まれていないということと、朔夜がここにはいないことはわかった。が、別の場所ってどこ? 危険な場所じゃないよな? 優羽はだんだんと不安になっていく。

「あの女子生徒……君とどういう関係だ?」
「どういうって……ただのクラスメイトだけど? 夏休みに入る少し前に告白された。好きな子がいるってお断りしたけど。これ、なにか関係あるの? お父さんが娘の彼氏を詮索するみたいな質問、やめて欲しんだけど?」

 思わず答えてしまったが、優羽は頬をかいて苦笑を浮かべる。直《すなお》と話した時にも思ったが、運が悪くなったのもその頃からだった。しかしだからと言って、佐々木椎菜になにかできるとも思わない。

(まじな)いの元凶は彼女らだろう」
「彼女、ら? って、どういう……」
「そのままの意味だ。音楽室に入る前、こちらを見ている女子生徒がいた。君を見ていた。つまり、そういうことだ」
「そんな子いたか? ……その感じだと、原因は俺ってこと? なんで?」

 知らん、と陽は肩を竦める。まあ、そうだよなと優羽も自分で言っておいて頷く。佐々木椎菜が自分を恨むとすれば、告白を断ったから? しかしあの時の彼女はそんな感じではなかったと思うが、心の内は誰にもわからないというやつだろうか。

「そんなことよりも、朔くんは安全? そういうのはわかる?」
「……おそらく。一緒にいる者が危害を加えない限りは、」
「どういうこと? それって安全じゃなくね? 今すぐそっちに行こ」
「元凶をどうにかしなければ、元の場所に戻ることすら叶わない」

 陽は目を細めてそう答える。それはどこか苛立ちを秘めているようで、珍しいと優羽は思った。ずっとポーカーフェイスでなにを考えているかわからないひと、という印象しかなかった陽。朔夜に対しては少し柔らかさもあったが、それを抜きにしてもクールという言葉がぴったりなひと。そんなひとが苛つくくらい、今の状況が解せないのかもしれない。

「じゃあ、さっさと元凶のところに行こう」

 それが自分のせいかどうかは、言い分を聞いてから。それがどうでもいい理由だとしたら、猫を被るのも忘れてしまうかもしれない。なにより、早く朔夜の顔が見たい。ちゃんと無事か確かめたい。ここがどんな場所かなんて知るか。

 もしこれで朔夜になにかあったら、誰であろうと絶対に赦さない。

「ここを出て朔くんを見つけるまで。とりあえずは協力関係ってことで」

 優羽はいつになく冷ややかな瞳で、その先にある扉を見つめた。