遠くから見ているだけでじゅうぶんだった。
(三枝くんと何回も目が合った。もしかして私のこと見てくれてた? おまじないの効果かも。今日は挨拶を交わした。おはよう、って言って笑ってくれた。もっとたくさんお話ししたいな)
近づいてどうなろうなんて考えてもいなかった。
(さっき廊下でふざけて遊んでいた男子にぶつかりそうになった。気付いたら三枝くんが私の肩を支えてくれた。びっくりしたけど、これっておまじないのおかげだよね? じゃなきゃこんな偶然起きるわけないもの)
告白して良かったと思っている。
(……どうして? 好きなひとって誰? 私のこと、好きになってくれたんじゃないの? 目が合ったのも、あの時助けてくれたのも、そういうことでしょ? 三枝くんが好きなひと。ずっと見てきたけど、そんな子いないよね? 朝も昼も放課後も。そんな子と話している姿なんて見ていないもの。じゃあどうして私じゃないの? どうして?)
自分の気持ちは彼にちゃんと伝わったのだから。
(そうか。奈々ちゃんが隠れて見ているのを知って、あんなことを言ったのね。他の子たちが知ったら私がいじめられると思ったのかも。私たちの気持ちは同じ。伝わったのなら、あとは三枝くん次第。大丈夫。私はいつまでだって待てるよ。ずっと待ってる。ずっと)
この時は、告白が失敗に終わったことでおまじないの効果はないと思っていた。
あの子が裏切るのはわかっていた。
私を陥れるためならなんだってするだろう。
友だちのフリ。応援するフリ。ぜんぶ嘘だ。噂はすぐに広まった。周りの子たちが私を嘲笑う。自分たちのことなど棚に上げて。許せない。赦せない。でも一番悪いのはあの子だ。裏切り者。やっと本性を見せた。ずっとそうやって私を見下していたのだろう。
でもそんな私を救ってくれたのは、彼だった。
「俺を悪くいうならわかるけど、頑張って告白してくれた子がそんな風に言われるのはちょっと複雑。誰がはじめたのか知らないし、俺がなにか言うのも違うけど……それで佐々木さんが肩身の狭い思いをするのはやっぱりおかしいと思う」
あのひと言で、クラスの空気は一変した。今度はあの子が責められ始める。私はあえてその悪口や陰口にはのらなかった。ここでそれに加わってしまったら大なしになる。だって、三枝くんはそういうの嫌でしょ? 彼に見合う私になるため、広い心であの子が落ちていくのを眺めていた。
やがて耐えきれなくなったあの子は、捨てゼリフを吐いて私の前から逃げた。
噂は数日で上書きされ、平穏な日々が戻ってくる。おまじないの効果だろう。あの子は夏休みが始まっても学校に来ることはなかった。でも知ってるよ? 私のSNSを覗いていること。
『三枝くんが私を好きになりますように』
『三枝くんと両思いになれますように』
『三枝くんが私を見てくれますように』
おまじないで使った紙をくしゃりと丸める。
「どうして……? どうして?」
いつになったら私に話しかけてくれるのだろう。あの日からずっと待っているのに。夏休みに入ってしまった。
最初の頃はふたりで遊びに行ったり、勉強したり、一緒に帰ったりするのを想像して楽しんでいた。
「そっか……部活が忙しいからかも」
短冊のように切り揃えた黒い紙に、白いペンでお願い事を書いていく。
『三枝くんが部活中に怪我をしますように』
それを書いた翌々日、校門の前でバスケ部のひとたちの会話を聞いた。昨日、三枝優羽が練習中に怪我をしたらしい。私はそれを聞いた時、背筋がぞくっとした。
(嘘……だってあれは、ただのおまじないだよ? 本気で願ったわけじゃない)
私のせいじゃない。
だって、ただの遊びだった。
よくあるお呪い。
ネットで調べて見つけた、ただの"おまじない"のはずだったのに。


