あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 音楽室の噂。

 誰もいない放課後の教室から聞こえてくるピアノの音。最初は綺麗な音色を奏でているが、だんだんと不協和音が混ざり出し、最終的には鍵盤を殴っているかのような暴力的な音に変化していく。

 やがて音が途切れ、それを最後まで聴いてしまった人間は、学校に囚われ一生校舎を彷徨うことになるのだとか。

「なんだか妙に具体的というか。今までのぼやっとしたのとは違う感じ?」

 朔夜は顎に手を当てて、うーんと首を傾げる。音楽室、ピアノ。神隠しで裏側に連れて行かれた時に見た、あの女子生徒たちの姿がふと頭に浮かんだ。学校に囚われる、つまり異界に連れて行かれるということだろうか?

「佐々木さんって吹奏楽部じゃん? 誰かに聞いたことある?」
「えっと……、私は聞いたことないかも」

 優羽と同じクラスの女子、佐々木(ささき)椎菜(しいな)。良くも悪くも普通の子のようだ。直が気を利かせて話かけているが、自分から話すというタイプではなさそうだ。朔夜はじっと音楽室全体を眺める。大きなピアノ。音楽家たちの肖像画のコピー。机と椅子。楽器が置かれている音楽準備室。窓からはグラウンドが見渡せるようだ。

「朔夜センパイ、ここには幽霊います?」

 興味津々に見上げてくる鳥海(とりうみ)真白(ましろ)に、朔夜は苦笑を浮かべた。冷やかしで言っているわけではなく、朔夜が本当に"視えるひと"だと知った上で期待の眼差しで見上げてくるのだ。

「いない」

 その声は別の場所から発せられる。(はる)は無表情のままそう呟いた。しかしその目はどこか訝しげで、朔夜だけはその理由がわかっていた。残念だね、と真白は隣に立つ五十嵐(いがらし)拓海(たくみ)に囁くように呟く。

「よし、じゃあ今日はこの音楽室の噂を検証して終わりとする。内容的に科学部には少し不利かもしれないが、頑張れ」

 久保田は三年で科学部部長の櫻井の肩をポンと軽く叩いた。櫻井は眼鏡を押し上げて、ふんと鼻息を荒くした。なんならずっと不利だった。そもそも七不思議という不確かな噂に対して、科学的に証明するのは大人でも難しいのではないだろうか。

「先生、俺たちは俺たちなりに証明してみせますので、ご心配なく」
「私たちもこの噂を証明するってなると、体験する必要があるかも?」
「そんな非科学的な体験、無理に決まっている」

 みのりの疑問に対して秒で櫻井は否定した。

「なんかちょっと前のさっくんみたいだね、」

 朔夜に視線を向けてみのりは肩を竦めた。

「うるさいぞ。けどここだけの話、さっきからずっと寒気がしてて、」
「え? それって……、」

 いつになく真剣な面持ちの朔夜に、みのりが口を開いたその時。

 なんの前触れもなく、誰も座っていないピアノの方からポロンと響いた一音に、その場にいた全員が凍りついた。