あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 午前九時三十分。
 自宅。

 椎菜(しいな)のSNSの更新をずっと眺めていた。

『推しが怪我したらしい』
『Sくんが怪我とか、心配』

 午前十一時。

『今日はバスケ部休んでるみたいだけど、学校には来てるっぽい』
『さっきグラウンドにいた』
『お姉さん可愛くない?』
『科学部とオカルト部が一緒にいるとかww』

 午前十一時四十五分。

『Sくんと一緒にいるの誰? 先輩かな? 仲良すぎじゃない?』
『怪我してるから支えてもらってるんだよ、たぶん。たぶんね!』
『絵になるよね。どっちも顔が良い』

 誰かがこっそり後ろから撮ったのだろう、写真が添えられている。そこには先輩らしきひとのシャツの袖を遠慮がちにつまんでいる三枝(さえぐさ)優羽(ゆう)の後ろ姿。まるで付き合ったばかりの恋人同士のような……って、そんなわけないか。男同士でくっついているせいで逆に恥ずかしいという感じだろう。

(三枝くんが怪我かぁ……私のせいじゃないよね? だって、私がお願いしたのは椎菜のことがほとんどだし。確かにクラスの連中は呪ったけど、他の子たちはなんともないみたい)

 SNSをどんなに調べても、自分の悪口を言っていた奴らになにかあった様子はなさそうだ。顔を隠して楽しげに撮った写真がアップされている。つまり、自分のせいではなくたまたまそのタイミングで怪我をしたということだろう。

 午前十二時。

「お腹すいた……」

 夏休み。大人にはあんまり関係ないみたいだ。冷蔵庫の扉にメモ書きが貼ってある。奈々は書いてある文字を無言で読み、両開きの右扉を開けた。

「お母さん、今日パートか」

 普通の家。普通の家族。
 普通。普通。普通だらけ。
 なんの面白味もない、普通の女子中学生。

 用意されたおかずやご飯をレンジで温めて、ポットのお湯をインスタントの味噌汁に注ぐ。ペットボトルのお茶を手に取って、順番にお盆の上にのせていく。誰もいないならと、久々にリビングで昼食を食べた。少しは気分転換になったかもしれない。

 洗い物をして最低限の片付けを終わらせ、部屋に戻った。ローテーブルの上に置かれたノートをパラパラと眺める。よくもまあこんなに呪いの言葉が浮かんだものだと感心する。

 正直、書き出していったら憂さ晴らしにはなった。実際になにか起こるだなんて思ってもいない。書いている時はそうなればいいと本気で思っていたけれども。

 午前十二時三十五分。

 通知音と共に、テーブルの横に置いていたスマホを手に取る。椎菜のSNSが更新された。そこに書いてあった文字に、奈々は眉を顰める。

『一緒の空間にいられるの、嬉しいな。音楽室の噂、気になるかも』

 音楽室の噂?
 一緒の空間?

 奈々はスマホを握りしめ、ふつふつと湧いてくる感情、暗くて黒くて汚いそれに、心臓が静かに鼓動しているのを感じた。三枝優羽の姉はオカルト部。彼も名前を貸しているとかなんとか。科学部と一緒に行動していて、さっきも写真がアップされていた。つまり怪我をしてバスケ部は休んでいるが、代わりにオカルト部に顔を出しているということ。

「……ムカつく」

 状況を察した奈々は、久々にクローゼットを開いて黙々と制服に着替え始める。髪の毛を整えて、鏡に映った色の失せた顔を覗き込む。そこにはなんの特徴もない普通の女の子が、怖い顔で睨んでいるようにも見えた。

「赦さないって……私、あの時言ったよね?」

 ただの遊びだったのに。
 呪いの言葉は、少女の黒い感情を確実に増幅させていった。

 足元の影がゆらりと歪んだ。