あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 午前九時四十五分。
 化学室にて。

「いいか〜? 君たちはあくまでもお互いの信じるモノを証明すべく、ここにいる。今回のテーマは学校の七不思議だ。定番ではあるが、この学校にもいくつかそういった噂が存在する。それが科学的に証明できる現象なのか、それともオカルト的な心霊現象なのか。これから校内を廻りながらひとつずつ議論していくぞ〜」

 久保田は気怠そうな口調で生徒たちの前で宣言し、科学部六名とオカルト探求部四名に『ドキ! 真夏の校舎で七不思議を体験⁉︎ 真実はひとつとは限らない……』という文言が書かれたしおりが配られる。その口調や態度とは裏腹に、本人が一番気合が入っているようだ。

「えー。ちなみにこれはすべてを解明するまで数日かけて行うこととする。予定では一日二件ないし三件を目標に行動するため、三日か四日をこのテーマの目安とする」

 しおりには事細かに分刻みでタイムスケジュールが組まれていたが、あくまでも予定通りいけばということらしい。にしても、意外すぎる一面だった。

 科学部は三年生がひとり、二年生が三人、一年生がふたりという構成だ。オカルト探求部と同じく、部活というよりは趣味のクラブ活動という位置付けだが、どちらも珍しいクラブといえよう。ふたつのクラブが合同で行うという異例のイベントだ。

「はい! このテーマを解明するにあたってオカルトの可能性を説明するのなら、夜の学校が必須だと思いまーす。こんな明るい時間からでは、幽霊さんも姿を見せづらいと思いますし、オカルト探求部が不利じゃないでしょうか?」

 みのりは唯一の女子生徒だったが、まったく物怖じする様子はない。朔夜は隣で黙って聞いていたが、心の中では「おいおい、あんまり変なこと言うなって」と表情は引きつっていた。その後ろではお互いに視線すら合わせない状態で、優羽(ゆう)(はる)が立ち尽くしている。

 右足首を怪我している優羽は陽の腕に支えられる形で立ってるのだが、ものすごく機嫌が悪そうだ。一方、陽は相変わらずの無表情だが、なにか言いたげである。この状態に納得していないのがふたりの様子から窺えた。それでも優羽が陽に手を貸してもらっている理由は、ただひとつ。朔夜のひと言が関係している。


 時刻は遡り、午前九時。
 図書室にて。

「……これは、(まじな)いだな」

 陽は優羽の右足首に浮かんでいた、模様のような黒い痣を見て予想通りの言葉を口にした。みのりは一応心配もしていたわけだが、なによりも『ホンモノ』を目にできたことに感動していた。自身が視えていたモノを認めた朔夜と、そういうものに詳しくてしかも視える陽がいると、オカルトとの遭遇率が高くなることが証明された。

「誰かに怨まれたか、よくないモノに絡まれたか」
「ハル先輩はこれ、どうにかできる?」

 図書室の椅子に座って素足を出している優羽の正面から少し距離をとって、しゃがんでそれを観察している陽の背中に問いかける朔夜。

 その時点で優羽は少なからずショックを受けていた。みのりが言っていたように、あの時の朔夜は無理をしていたのだ。

「これをかけた本人を特定して呪詛返しでもすれば治るだろうが、返された者はタダでは済まないだろうな」

「優羽くんが誰かに怨まれるとか……でもまあ、怨みって自分の知らないところで募っていくものだから。気付いたら、ってこともあるかも?」

「にしても、これじゃバスケもできないし。じっとしてても痛むんだろ?」

 朔夜は優羽の右足首に渦巻いている黒い靄のようなモノをじっと見つめる。どう見ても良くないモノである。呪い、だなんて。優羽はいったいどこでそんなモノを貰ってきたのか。みのりの言うように、知らない間に誰かの怨みをかったのだろうか。

「……そうだけど、でもここに来てからはちょっと楽なんだよな。昨日、朔くんが肩を貸してくれた時は気のせいかと思ってたけど。そこの先輩が俺の足に触れた時も痛みが引いたんだ。これってなにか関係ある?」

 あの時は単純に朔夜に触れられたのが嬉しくて、痛みを忘れられたんだと思っていたが。どうやらそういうわけではなさそうだ。陽はそれを聞いて顎に手を当て、ふむと朔夜に視線を巡らせる。なにかわかった? とこちらを見上げてくる陽を不思議そうに見つめ返す。

「君は彼に触れられた時、気持ち悪くなったと言っていたな」
「あ、うん。我慢はできたけど、ちょっとキツかったかも。そういえば、ハル先輩は?」

 そうだったんだ……と、優羽は本気で落ち込む。これがそういう悪いモノだと知っていたら、あんな風に頼んだりはしなかった。いや、無理か……そんなこと自分にはわかるはずもない。しかしたとえ不可抗力だったとしても、朔夜に嫌な思いをさせてしまったことに変わりはない。

「俺はなんともないが?」
「あ、じゃあ! ハル先輩が優羽とくっついて行動すればいいんじゃない?」

 そんな朔夜のひと言に、優羽と陽がわかりやすく嫌な顔をしたのは言うまでもない。