あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 佐々木(ささき)椎菜(しいな)は昨日起こった"あること"を人伝に聞き、心配でしかたなかった。今も吹奏楽部の練習に集中できないでいる。いつもならミスらない場所で何回もつっかえてしまい、一緒のグループの子たちに迷惑をかけてしまっていた。

「さっきバスケ部の子に聞いたんだけど、昨日、三枝くんが怪我して数日は練習できないかもって言ってた。もしかして気になってる?」

 十五分休憩の時に、自分と同じクラリネットを担当している川田(かわだ)(あい)が、椎菜が今まさに集中できない理由を口にした。

 クラスは違うが気軽に話せる友だちのひとりで、どちらかといえば客観的でサバサバしている感じの藍。なにをするにも干渉気味で、親しく接してくる石井(いしい)奈々(なな)とはまた違う雰囲気の女子だ。

「三枝くんって一年生でエースなんでしょ? 大変だねぇ」
「……藍ちゃん、バスケ部に知り合いいるの?」
「女バスに仲良い同級生がいるんだ。けっこう大騒ぎだったらしいよ」

 ちなみに椎菜がそのことを知ったのは、校門前でバスケ部の先輩たちが話していたのを聞いたから。みんな口々に心配していた。一年生でエース。普通なら妬まれてもおかしくないのに、本人がいない時でも心配されているなんて、本当にみんなに好かれているんだと思った。

 休憩が終わり、再び席に着く。音楽室は一階にあるのだが、窓際だとグラウンドが見渡せる。ふと、なんの気なくそちらに視線を向けた時、賑やかしい団体が目に入った。

(え……嘘、)

 椎菜は思わず二度見してしまった。その団体は十人程度の生徒たちで構成されていて、彼らを引率しているのは久保田先生だった。

 科学部とオカルト部? の顧問でもある。オカルト部といえば三枝優羽の姉が立ち上げたクラブで、色んな意味で有名だったりする。確か弟である彼も人数合わせで名前を貸しているとか。

(五十嵐くんと鳥海くんもいる……なにしてるんだろう?)

 顧問は同じだが、活動は正反対のことをしているふたつのクラブ。その中に三枝優羽の姿を見つけて、なんだかラッキーな気持ちになった。バスケができない代わりにオカルト部の活動をしているのだろうか?

(あのひと、誰だろう? 先輩かな?)

 優羽と一緒にいるそのひとは、彼より数センチだけ背が低く見える。五十嵐拓海と同じくらいだろうか。なんだかふたりとも微妙な表情をしてるような気も。三枝優羽がそのひとに支えられる形で密着して並んで歩いてたのだが、男の子同士なのになんだか絵になるふたりだな、と思ってしまった。

(いけない……集中しなきゃ)

 色んな楽器の音が耳に入ってくる中、自分たちのパート練習が始まる。今日は最後にみんなで合わせて終了すると聞いていたので、それまでには完璧にしなきゃ……と椎菜は楽譜通りに指を動かす。

(後でちょっとだけ覗いてみようかな)

 遠くから見ているだけでじゅうぶんだった。
 近づいてどうなろうなんて考えてもいなかった。
 告白して良かったと思っている。
 自分の気持ちは彼にちゃんと伝わったのだから。

(奈々ちゃん……元気にしてるかな)

 夏休みに入る少し前から、時々頭痛がした。色々と考えることが多かったからかもしれない。身体がだるいのは、きっと毎日暑いせいだろう。水分補給は先生が毎回指示をしてくれるので問題ないし、校内は冷暖房がしっかりしているので熱中症などではないと思うが。

 あの日から姿を見ていない友だちのことが頭を過ぎる。自分がこんな風にいつもとほとんど変わることなく生活してる中、彼女はなにを思っているのだろう。夏休みが終わったら、彼女は登校するだろうか。今まで通りでなくてもいい。関わらなくてもいいから。

(一度、家に行ってみようかな……)

 会いたくないと言われてしまうかもしれない。
 それでもいい。
 元に戻れなくても、いい。
 ただひと言、彼女に伝えたいことがあった。

 椎菜は無意識に小さな笑みを浮かべる。その時のために繰り返しイメージトレーニングをしていた。ちゃんと伝えないと、わかってもらえないだろうから。念入りに、何度も、何度も。毎日寝る前に頭の中で繰り返した。

 ちゃんと伝えないと。
 この口で。声で。言葉で。

 理解してもらわないと、ね?