あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 まだお昼なのにカーテンを閉め切り、エアコンでひんやりとした薄暗い部屋の中で、スマホの明かりを見つめ画面をスクロールし続ける。あの日から学校に行っていない。本当ならこうなるのは自分ではなく、あの子だったはずなのに……。

 石井奈々はスマホを持つ手に無意識に力が入る。

「ちょっとイジッただけじゃん。広めたのは他のみんなで、私はただのきっかけでしかなかったのに……なんで私が責められるわけ?」

 右手で検索ワードを打ちながら、左手の親指の爪を噛んだ。

「これにしよう……簡単そうだし、」

 奈々が見つけたのは【誰でも簡単にできる呪いのやり方】という怪しいサイトだった。この黒くて淀んだ感情を晴らすには、これくらいの胡散臭さがちょうど良い。相手が本当に呪われれば面白いし、なにも起きなかったとしても別にどうでも良かった。

 そこに載っていたのは【言葉を書いて呪う】というものだった。言葉は口にした方がさらに効果があるらしいが、だったら口にしながら書き出してみるのはどうだろう。奈々はスマホをローテーブルに置き、勉強机からノートと赤いペンを持ってきた。

 テーブルにノートを広げ、スマホの画面をひっくり返してスタンドに置きライト代わりにした。照明を点けてもよかったが、雰囲気的にこっちの方が良い。ペンを手に、奈々はノートに箇条書きで思いつく限りの呪いの言葉を並べて書いていく。

『佐々木椎菜がみんなに嫌われますように』
『佐々木椎菜が部活で失敗しますように』
『佐々木椎菜が怖い思いをしますように』
『佐々木椎菜が不幸になりますように』

 中学生が思いつくのはこの程度の【呪いの言葉】だったが、奈々は書いている内に本当にそうなった時のことを想像してテンションが上がった。

 自分よりちょっとスタイルが良くて、髪の毛がサラサラで、成績は同じくらい。運動は自分の方が得意で、友だちも自分の方がずっと多い。大人しいくせに意外と行動力があるところとか、正論ばかり言うところが少し鼻につく。

 あの時も。
 どうして告白なんてしたのか。

「……私、やっぱり三枝くんに告白してみるよ。ダメなのはわかりきってるけど、気持ちを知ってもらうのって悪いことじゃないって思うし。彼女になんてなれなくても良いから、告白をきっかけにお友だちになれたらそれで満足だよ」

 三枝優羽。同級生で。バスケ部で。背も高くて。なにより誰に対しても優しくて、男女関係なく人気がある。こんな田舎の町にいるのが不思議なくらい、顔面偏差値が高い。

 お姉さんがひとりいて何度か一緒にいるのを見たことがあるが、彼女かと思うくらい仲が良かった。なにより可愛くて明るくて。姉弟なのに、素直に羨ましいと思ってしまった。

「そ、そっか。椎菜、告白するんだ。すごい勇気」

 あんたみたいな子が相手にされるわけないのに。

「応援してるよ! だって友だちだもん!」

 友だちのくせに、私の気持ちも理解できない無神経な子。

「なんて告白するの? 私が練習相手になってあげるよ!」
「え……いいの? でも奈々ちゃんも三枝くんに告白しようかな、って前に」

 そうだよ。ちゃんと憶えてるじゃん。
 それなのに、抜けがけするんだ?

「私のことは気にしなくてもいいんだって。どうせ結果はわかってるし」

 三枝優羽に今までいったい何人の女子が告白したと思ってるの?

「玉砕覚悟、いいじゃん! 健闘を祈る!」
「ありがとう、奈々ちゃん」

 みんな「友だち」以上にはなれなかった。自分たちは「友だち」ですらない。ただの同級生。ただの同学年。同じ教室で遠くからチラチラと見ているだけのモブでしかない。けれども椎菜が告白をしたことで、もし彼の「友だち」認定をされたら?

(私は、友だちの友だちってこと? ただの空気じゃん。椎菜が告白なんてしたら、私の立場はどうなるの? 三枝くんが気になるってずっと言ってた私の立場は? 万が一にも三枝くんがあの子の告白にOKしたら?)

 ぐるぐると。
 ぐるぐると。

 佐々木椎菜が三枝優羽に告白して返事をもらっているシーンを夢に見た。悪夢だった。そしてとうとうあの日がやってくる。下駄箱に手紙を入れ、定番の体育館裏に呼び出すと言う流れ。物陰でそのひと通りを聞いていた。

 案の定、

「俺、好きなひとがいて。片想いなんだけどさ。そのひと以外、今は考えられないんだ。佐々木さんの気持ちはめっちゃ嬉しい。すごい勇気を出して告白してくれたんだってわかる。でも、ごめん。友だちとしてでもよければ、いつでも声かけて?」
「……ううん、私の方こそごめんなさい。ほとんど会話もしたことないのに、迷惑だったよね? わかってたけど、どうしても気持ちを伝えたくて。話を聞いてくれて、ありがとう」

 彼が今まで告白された時に断る際の定型文のようなセリフで、椎菜はフラれた。

 正直、ざまあみろと思った。

 そしてその一部始終をみんなに言いふらした。それから数日間、クラスの女子と一部の男子は椎菜の噂で面白おかしく盛り上がっていた。

 それなのに、あの日……。
 予想もしていなかった出来事が起こったのだ。