あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 それはほんの少しの興味から始まった、ただの遊びだった。

 ネットで検索した、

【好きな人と両思いになるおまじない】
【好きな人をふりむかせるおまじない】

 そんな、よくあるおまじないだった。

 結果、おまじないの効果はまったくなかった。勇気を出して告白をしたのに、「好きなひとがいるから」と断られた。好きな人には好きなひとがいて、自分の知らないところで恋をしていたようだ。それはいつの間にかクラス中の噂になり、

「え〜うそ〜。あの子が? その勇気はすごいけど、両思いとか絶対ありえないでしょ〜?」
「だってさ、学年で一番可愛い子でさえフラれたって聞いたよ? そんなひとに告白しようってならないでしょ? 自分なら彼女になれるかも、とか? 自意識過剰じゃん?」
「まあ、■■くんて、誰にでも優しいからね〜。勘違いもしちゃうよ」
「でも別に■■くんは悪くないでしょ? 好きなひとがいるって、誰だと思う? ってか、そもそも■■くんが勘違い女子をフるためのただの口実なんじゃない?」
「だよね〜。だって、あんなモテるのに彼女いないとか嘘じゃん? イケメンは目の保養くらいにしといた方が平和ってことだよ」
「にしても、ね〜? こんなに噂が広まっちゃって、かわいそう。誰が広めたと思う?」
「私は■■ちゃんから聞いたけど」
「私も〜」
「ひどくね〜? 友だちに裏切られるとか最悪。抜けがけしたとか思ってるんじゃ……■■ちゃんが■■くんが好きとかみんな知ってるし」

 みんな言いたい放題だった。

 聞こえてくるひそひそ声に耳を塞ぎたい気持ちがあったが、入ってくる声に対してふつふつと静かな怒りが湧いてくる。自分がしたことは悪いことなんかじゃないし、それを面白おかしくみんなに広めるなんて本当に最低な行為だ。

(……こんなの、許せないよ)

 佐々木(ささき)椎菜(しいな)は俯き、唇を噛み締める。応援するよ、と言ってくれたのは嘘だったのだ。ふたりの憧れのひとだった。目が合ったとか、挨拶を返してもらったとか、そんな些細な出来事で盛り上がっていたのはなんだったのだろう。

(だったら、最初からそう言ってくれたらよかったじゃん……告白してみようかな、って言った時に、健闘を祈るって言ってくれたのに)

 明るくて元気な彼女の口癖。

「友だちなんだから、当たり前でしょ!」
「だって、友だちだし!」
「なんでも話してね、友だちなんだから」

 友だち。友だち。友だち。
 あれはぜんぶ嘘だったんだ。

 友だち、なんて対等な言い方をしていたくせに、自分のことなど下に見ていたのだろう。

(……あの子が謝ってくれないんだったら、こっちからなにを言っても無駄だよね?)

 椎菜は悲しげな表情を浮かべて机の模様を見つめていた。先生が入ってくる。あんなに煩かった声は何事もなかったかのように静かになった。

 噂なんてすぐに違う話題に変わる。今は悲しいけど、我慢するしかないと数日嫌な気持ちを抱えて過ごすことになった。

 そんなある日、事態は変化を迎えることになる。

 ちらりと教室の空席に視線だけ向けた。
 斜め前の空席。
 石井奈々。
 友だちの名前。

 奈々が広めた噂が思っていたよりも多くのひとに周知され、最初は告白した自分に対する言葉が飛び交っていたが、いつの間にか彼女に対する誹謗中傷に変わっていったことで、彼女の立場が一変した。

 彼女が休みがちになる前の日。

「絶対に赦さないから」

 あの台詞が耳に残っている。椎菜は他の生徒が彼女のことを悪く言っていても、一番の被害者である自身がそれに便乗することはなかった。

 言葉はかけられなかった。かけようとしたが、拒否された。それなのに、悪いのは自分なんだ……と、逆怨みに近い感情をぶつけられて落ち込む。

 あの日から、彼女は学校に来ていない。

 最近、身体がすごくだるい。
 夏だからだろうか。
 食欲もあまりない。
 あの日から(・・・・・)、なんだかずっと頭痛がする。

 明日から夏休みが始まる。
 この時は予想もしなかった。

 高校に入ってはじめての夏休みが、まさかあんなこと(・・・・・)になるなんて……。