あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 神隠し。この夜鳴(よなき)町で人知れず起こっている怪異のひとつであり、それを引き起こしていたモノが(わざわい)と呼ばれる存在。

 禍神(まがかみ)

 神と名が付く存在ではあるが、実際はそのように崇高なモノではない。この町のすべての負が混ざり、陰と邪が悪いモノを引き寄せた結果生まれた、悲しき存在だった。

 この町を禍が再び覆い始めたのは、十数年前の土砂災害によるもの。それから少し経った頃。解き放たれた時から、この町は呪われている。それに乗じて怪異や悪い霊たち、そして昔からこの地にいたアヤカシたちも騒ぎ始めていた。良いモノも悪いモノも含めて、様々なモノたちがこの地で顕現し、人々に影響を齎す。

 それを監視し、時に鎮め、時に戒める存在。
 忘れ去られし神。

 土地神は信頼できる"ある者"に自身の姿と名を預け、目覚めた禍にそのまま呑み込まれた。土地神にとって禍は相反する存在ではあるが、永遠ほど共にいたことで愛着もあった。

 異界をつくりだし裏側のセカイと現世を行き来しては、贄を捕まえて連れて来てしまう。贄となる者はこの世に対して満足していない者や、虐げられている者、心に闇や病みを抱えている者ばかり。

 それでも戻りたいと願う者たちがいれば手を貸してやった。そうすることで禍の力が強くなるのを抑えていたのだ。これは偶然かそれとも必然か。名も無き神にある少年が名を与えたことで、土地神は再び力を取り戻し始める。

 同時に、名を預けたある者にも変化が訪れた。ふたりはこの世に存在したその時から、この地を守るという縛りを持っていた。ひとりは神として。ひとりは対となる神器として。

 あの日、禍神に呑み込まれた黄昏時、ふたりはそれぞれ現世と異界に身を置くことを決める。御神体であり神器でもある鏡を拾い上げた時、そこに映った自身の姿を見つめる。

 呑み込まれる直前で誓いを交わした。昔は様々な姿で好き勝手に顕現していたが、力が弱まってからは少年の姿でこの町に溶け込んでいた。消えたところで誰も捜しはしないだろう。

「····禍が解き放たれたか、」

 神器として存在していた自身が、あの神に成り変わる気など毛頭ない。だが託されてしまったからには、彼が戻るまではこの地を人々を守る義務がある。これは神器だった時と変わらない。

 あの時。鏡を通して響いた声。

 禍神に聞かれないよう、最後まで口に出すことはなかった彼の言葉。黄昏の空と彼の表情が重なって、返す言葉を失った。

 彼はこれから異界へ連れて行かれるというのに、笑ったのだ。いつもみたいにヘラヘラとした笑みではなく、どこまでも穏やかで清々しい微笑を浮かべて。そのまま跡形もなく消えてしまった。

 裏側のセカイで起こっている変化や出来事は逐一こちら側に伝達されていた。特別な力を持っている子どもを逃してあげたらしい。危うい存在だから見守ってあげて欲しいと言われ、仕方なく遠くから観察することに。

 ひと目見て、その理由がわかった。

 確かにあれ(・・)は特別すぎる。この町の怪異すべてに目をつけられ、狙われていたり守られていたり。とにかく不思議な存在としか言えない子ども。そして同時に、懐かしさを覚えた。遠い昔に、どこかで会ったことがあるような。これは自分の記憶なのか。それとも"彼"の記憶なのか。

 それから数年後。

「ねえ、良かったら一緒にやらない?」

 完全に油断していた。まさか顕現もしていないのに、人間に視えるとは思っていなかったのだ。いくらあの子どもの力が強かろうが、こちらは神の化身。視えたことはひとまず置いておいても、触れられるはずなどなかった。認識されたせいで周りにも見えるようになってしまい、この学校の生徒だと思われてしまったようだ。

 禍神に呑み込まれるもなんとか異界から帰還し、公園で異界で見たものを嘘偽りなくそのまま話していた。それに対して口を挟む気はなかった。異界で手に入れた生徒手帳を取り出して少し考えるそぶりを見せた後、

「俺、もう自分が視えているモノに対して誤魔化すのは止める」

 と言って、彼はにっと笑った。

「今まで気を遣わせて悪かったな、ふたりとも」

「そんなことないよ! 私、さっくんのおかげで不思議なものが大好きになったんだから! 昔も今もさっくんはさっくんだよ」

 昼下がりの公園で。
 四人、ブランコに並んで座って。

 もうしばらくこの子どもたちに付き合ってやってもいいだろう、と思ったのはただの気まぐれか、それとも……。



■ 第一章 神隠し 〜解〜 ■