あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 体育倉庫から聞こえてくる着信音。優羽(ゆう)は慌てて倉庫の鍵を開けると、重たい扉を勢いよく両手で左右に開いた。薄暗い倉庫に開いた分だけの光が射し込む。倉庫内に射した光の部分にだけ塵が空中に浮遊しているのが見え、それ以外は薄暗いまま。

 着信音だけが虚しく響き渡る中、優羽は奥にある跳び箱の方に視線を向けた。確かに跳び箱から聞こえてくる。なぜに跳び箱? と優羽は怪訝そうに眉を顰めた。

(スマホだけこんなところに落ちてるってオチだったら、どうしたらいい?)

 ここまでほとんど全力で走り続けていて、流石に息が上がっていた。肩が息をするたびに大きく揺れる。ゆっくりと跳び箱の前までやって来たが、その中を覗くのが躊躇われた。

「優羽くん! さっくん、見つかった⁉︎」
「たぶん、ここの中だと思う、けど」

 みのりが遅れて体育倉庫の中にやって来た。はあはあと同じように肩で息をしながら優羽の横で訊ねて来る。着信音がする方向、跳び箱の方へと視線を向けた。

「……ま、待った! 大丈夫だから! ふたりともちょっとストップ‼︎」
「さっくん⁉︎」
「朔くん⁉︎」

 優羽とみのりは慌てて跳び箱の一番上の段に手をかける。朔夜は待てというが、こちらはずっと捜していたのだ。待つという選択肢などなかったし、待つ意味がわからなかった。せーの! と力を合わせて左右の端を持って上にぐんと勢いよく持ち上げ、そのまま床にゆっくりと下ろした。

「待てって言ってるのに! ちょ……っ」

 ふたりは蓋の開いた箱のようになっている跳び箱を同時に覗き込む。そして自分たちの目を疑うと同時に、ふたりの表情がわかりやすく変わった。

「さっくん! よかったぁ……わ、私、またさっくんが幽霊に連れてかれたかと思ったよぉ……ふたりとも無事でよかった……おかえり、さっくん」
「みのり、ごめん……あとでちゃんと話すから、」

 みのりは朔夜の顔を見るなり号泣し、朔夜も複雑そうな顔でこちらを見上げていた。そんな中、優羽がゆっくりと口を開く。

「朔くん……なんで俺以外の男に押し倒されてるの? ふたりでこんなところに隠れて、いちゃついてたとか嘘だよね?」
「いやいやいや! お前に押し倒されたことなんて一回もないだろ⁉︎ これは事故! 変な妄想してないで助けて欲しいんだけどっ」

 いつもの三倍は低い声音で見たままを口にした優羽に対して、朔夜は再び現実に戻される。そう、今の彼はそう思われても仕方のない状況に置かれていたのだ。なんならその反応が正常かもしれない。なぜなら……。

「ハル先輩、もうちょっと我慢な?」
「問題ない。これくらい平気だ」

 狭い空間の中、朔夜は陽に押し倒されているような格好で身動きができない状態にあった。立ち上がろうにもすし詰め状態で微妙に力が入らない。

 お互いが接触しないように陽が四つん這いになり、ずっと両腕で腕立てをしているような体勢のまま十数分ほど耐えてくれていたのだ。

「優羽くん、ほら早く! そっち持って」

 みのりに促され、優羽は跳び箱の枠に手をかける。一段、二段、三段と崩していき、やっと身動きが取れるようになった陽が膝をついたまま上半身を起こした。はあ、と嘆息してからゆっくりと立ち上がった後、朔夜の腕を掴んで起こしてやる。

「ふたりとも、心配かけてごめんな」

 あはは……と苦笑を浮かべて朔夜は頬をかいた。

「……あと、なにがあったか正直に話すよ。ハル先輩も一緒にいてくれる?」

 陽は少し考える素振りを見せ、仕方ないと肩を竦めて頷く。四人は跳び箱を直してから体育館を後にし、先生に鍵を返して校舎を出た。先生たちが帰る時間になんとか間に合ったようだ。

 もしみのりたちが捜してくれなかったら、誰にも気付かれずにずっとあのままだった可能性もある。みのりと優羽、朔夜と陽が並んで歩く。

 途中、帰り道にある大きな公園に立ち寄った。ブランコにそれぞれ並んで腰掛ける。朔夜の口から語られた出来事は、普通なら「そんなの夢に決まってる」と思うような馬鹿げた妄想だったが、みのりと優羽は最後まで静かに耳を傾けていた。