たった一年。
それは優羽にとっては大きな壁だった。
「まるで、でっかいわんこだな」
小学五年生の時に朔夜に言われた言葉だ。ちょうどその頃身長がぐんと伸び、いつからか朔夜を見下ろす方になっていた。
(朔くん、どこ? 学校にはもういない? まさか本当に神隠しにあってる、とか?)
あり得ないとは言い切れない。あの朔夜だ。怪異に巻き込まれていてもおかしくない。昔から時々不思議なことを言う、幼馴染のお兄ちゃん。姉のみのりが小学生の時に好きだった男の子。そして優羽にとっては、自身が真似するくらいずっと憧れていた存在だ。
朔夜にべったりだった小学生時代。なにをするのも一緒がいいと言って困らせていたに違いない。憧れのお兄ちゃんである朔夜。服装を真似てみたり仕草を真似てみたり。とにかく朔夜みたいになりたくて努力した。
(朔くんみたいになりたいのに、俺、全然ダメかもしれない····)
優羽の一番は朔夜で、それ以外はどうでも良かった。もちろん家族は別枠で、これはそれ以外のという意味で。どんなに朔夜のように振る舞おうとも、結局はボロが出る。みんなにチヤホヤされていても、どこか心ここに在らずで。たまに女の子に告白されたりもするが、気持ちが動くことはなかった。
「姉ちゃん、俺、朔くんがめちゃくちゃ可愛く見えるんだけど、これってヤバイ?」
「なに言ってるの? 優羽くん。さっくんは属性的に爽やか系イケメンだよ? ちょっと残念な、もオプションで付いてるけど」
「なに言ってるの? ツンデレ系ほっとけない先輩属性だろ? 残念なんかじゃないよ」
この後、みのりと一時間くらい論争した。
「さっくんが優羽くんをでっかいわんこって言ったのは正解だと思う。優羽くんは私が言うのもなんだけど、ハイスペックイケメンなのに好きな人の前ではわんこ系だもの」
「え? 姉ちゃん、それってどういう?」
「は? 無自覚? ふふん、まだまだ子どもね、優羽くん」
にやにやとみのりがこちらを見上げてそう言った。先程みのりが言ったセリフを頭の中でもう一度繰り返してみる。そうして、優羽は自分の中の"ある感情"に気付かされた。中学二年の夏だった。
その感情を自覚した瞬間から、今まで自分がやってきたことが急に恥ずかしくなってきて、朔夜に会う度にいつも通りに接することができなくなった。
みのりたちが高校生になった時、優羽はまだ中学生だった。あの一年のおかげで色々と考える時間ができた。みのりがオカルト話を得意げに披露している間、優羽はまったく別のことを考えていた。
(来年、絶対朔くんと同じ高校に入る……また一緒に学校に通う。姉ちゃんがオカルト探求部をつくるとか言ってるし、朔くんもきっと付き合わされるんだろうな。俺も当然巻き込まれるだろうから、必然的に顔を合わせる時間が増えるかも)
今のこの状態で、前のように接することはできるだろうか。この感情を気付かれたら、朔夜はどう思うだろう。優しいから、「気持ちは嬉しい。けど、その気持ちには応えられない。ごめんな」とか言うんだろうな、と想像するのは容易かった。
春。希望通りの高校に入学し、新たな生活が始まった。見知った顔が多く、友だちもすぐにできた。部活動も特に問題ない。登校時は小学校の時みたいに三人一緒に。
意外と普通に話せると気付いた。みのりが間に入ってくれているからだろうか。朔夜はいつからか不思議な話をしなくなった。代わりに、そんなものは存在しないし、オカルトなんてもっての外! などと言うようになった。
そんな本人が神隠しに遭っているのだとしたら、どう言い訳をするつもりなのか。
(だとしても、帰って来てくれなきゃ……意味ないだろ?)
帰って来たら、どこに行ってたの? といつもみたく冗談っぽく訊ねて。
それから家路までの十五分間、あの「オカルトなんて信じないマン」な朔夜を、みのりと一緒にイジり倒してやろうと心に決めた。


