あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 みのりはスマホを握りしめたまま、一階から教室を確認して回る。優羽(ゆう)には二階を頼み、ローラー作戦を決行した。とにかく全部捜す。タイムリミットは先生たちが帰るまでなので、もう一時間もないと思われる。

(さっくん……どこ? いるならさっさと連絡してよっ)

 みのりは焦る気持ちをなんとか抑えつつも、あの時の記憶が蘇る。あれは、自分たちが小学二年生の時に起こった出来事。十一月の初め。学校が終わって一度家に帰った後、近くの公園で遊ぶ約束をした。優羽は自分もついて行きたいと我儘を言い、結局はいつも通り三人で遊ぶことになった。

「優羽くん、お姉ちゃんかさっくんと一緒にいるんだよ? あと、公園から出るのもダメだよ? ひとりでどこかに行ったら危ないんだから。わかった? 約束だよ?」
「サクくんと一緒にいるからへーきだもん」

 優羽を真ん中にして左にみのり、右に朔夜という並びで公園の前に立っていた。弟は実の姉よりも朔夜のことがお気に入りなのだ。いつもこうやって金魚のフンのように自分たちについて回っては、朔夜を独り占めしようとするのだ。この頃のみのりは少なからず面白くない思いをしていて、なにをしても許される弟の優羽が疎ましかった。

 それでも親からは弟の面倒をみて偉いね〜と褒められたくて、一生懸命我慢していた。優羽が生まれた時から、お姉ちゃんになった時から、もうずっと色々と我慢しているのだ。密かに恋心を抱いていた幼馴染に対して、優羽が毎回邪魔をしてくる。友だちはそれなりにいる方だが、朔夜と遊ぶ時間は特別だった。

「あれ、あの子……ひとりで遊んでるのかな? 声かけてみる?」
「え?」

 砂場で三人で遊んでいた時、朔夜がふとブランコのあたりに視線を向けてそう言った。みのりにはそれがどの子のことを言っているのかわからず、ただ首を傾げる。公園には確かに自分たち以外にも何人か遊んでいる子たちがいたが、ブランコで遊んでいるのはふたり。ひとりで遊んでいる子なんていなかったのだ。

 ブランコは同じ場所にふたつ並んでおり、同時に遊べるのは四人までだ。優羽は砂場に夢中でふたりの会話には興味がないようで。みのりはどうしようと心の中で困惑する。時々、朔夜は自分には見えないものが視えているみたい。そういう時にどう反応してあげたらいいか迷うことがある。

「えっと……でも、知らない子なんでしょ? その子も誰かを待ってるんじゃない? それに、ひとりでいるのに急に声をかけたりしたらびっくりしちゃうんじゃ、」

 朔夜は「それもそうだな」と言いつつも、誰にでも優しいその性分からひとりぼっちでいる子を気にしているみたいだ。クラスでも明るくていつも話の中心にいるような朔夜。要領も良くて頭もそこそこ良くて運動もまあまあできる。なにより格好良いのだ。顔もそうだが、嫌味なく爽やかな性格で、さりげなく気遣いができて優しいところとか。

 とにかく女子の間ではかなり人気があった。みのりはそんな朔夜と幼馴染であることもあり、周りの女子たちから羨ましがられていて、「いいなぁ〜みのりちゃん」とよく言われていたので少なからず優越感もあった。そんな風に周りから言われていたこともあり、朔夜のことがなんとなく気になっていたのも事実。

「サクくんはユウくんとお姉ちゃんと遊ぶの! 知らない子はやだ!」

 みのりと朔夜の微妙な空気を感じ取ったのか、優羽が絶妙な助け舟を出してくれた。優羽くんナイス! とみのりはこの時ばかりは弟に感謝する。その後は三人で夕方まで遊んで、途中の十字路まで一緒に帰った。朔夜の家は十字路を挟んで右側を少し歩いた先だった。

「じゃあまた明日ね、さっくん」
「ばいば〜い」
「うん、明日な」

 朔夜と別れた後、いつものようにちらっと後ろを振り向いて後ろ姿を覗き見る。みのりは「あれ?」と首を傾げた。十字路には自分と弟の影しかなく、つい数秒前までいたはずの朔夜の姿が忽然と消えてしまったのだ。

 その時は走って行ってしまったのかな、程度に考えていたのだが、やがて夕飯を終えた頃にかかってきた電話によって、この時の自分の行動を後悔することになる。