朔夜と陽は迷わずに体育館の方へと駆けていた。
紙袋兄さんとの作戦は単純なものだった。
「僕は禍神を見つける鬼になるから、君たちはその隙に体育倉庫の一番奥にある跳び箱の中に飛び込んで。そこがいくつかある出口のひとつだから、運が良ければ元のセカイに戻れる。もしなにも起きなかったら……うん、どうしようかな〜?」
「いや、一応ダメな時のパターンも用意しておいて欲しいんだけど?」
そもそも跳び箱の中に飛び込めって、どういうこと? 跳び箱の中が現実セカイと繋がっていると? いくつかある、というのは他にもあるということだろう。前に来た時は学校ではなかったので、ここの外にも同じように出口はいくつもあるってこと?
「それに鬼になるって、囮の間違いじゃ……」
「細かいことはどうでもいいじゃない。わかったらさっさと行く。じゃあまたね、ふたりとも」
またね、と言って紙袋兄さんは反対側に行こうとしたが、朔夜は「ちょっと待った」と白い半袖シャツの端をくいと掴んだ。
「名前、教えて。俺、今度は忘れないから。それに、またねってことはまた逢えるってことだろ? その時はちゃんと名前を呼びたい。俺の名前は、憶えてる?」
朔夜のそのひと言に、あんなに賑やかだった紙袋兄さんが無言で立ち尽くす。それに対してなにかおかしなことを言っただろうか、と朔夜は逆に不安になった。そんなふたりの様子を陽は静かに見守る。その手は目が覚めた時から、いやあの影に呑まれた瞬間からずっと繋いだままだった。
「もちろん憶えてるよ、小さな勇者殿。いや、皆藤朔夜くん。けど、僕は自分の名前を置いて来ちゃったから、無いも同然なんだよね。君の好きに呼んでいいよ」
「なんだよ、それ……置いて来たってどういう、」
「遊んでいる時間はない。もう行くぞ」
今まで見守っていたが、ふたりの様子を見かねた陽が口を挟む。朔夜はシャツの袖から手を離して「うーん」と考え込む。そして、うんと頷きながら紙袋兄さんを見上げて、にっと笑った。
「じゃあ、叶。願いが叶うのカナエ。なにかやりたいことがあってここにいるんだよね? それが叶うようにって意味で。どう?」
「……いいね、それ。ありがと、大事にするよ」
うん? と朔夜は首を傾げる。紙袋兄さん改め、叶のどこか意味深な言い方が引っかかった。同時に、陽が大きく嘆息する。それはどこか満足げな叶とは真逆の反応だった。
「ってことで、目的地まで臨機応変に、ね」
言って、三人はそれぞれの向かう方向へと足を向けたのだ。
「ハル先輩はあのひととは知り合いで、ここにも何度も来たことがあるってことだよな」
走りながら、先ほどのやり取りを思い返していた。音楽室の前で遭遇した時からそれはわかっていたことだが、そもそも陽がどういう存在なのかも昨夜にはわかっていない上に、あの破天荒というか自由気ままというか天真爛漫というか……変なお兄さんの正体も結局わからずじまいで。
「詮索してもなにも答える気はないぞ」
「わかってるってば。でもここから出られたら教えてくれるって約束したじゃん」
「それとこれとは別の話だ。それに、さっき……」
さっき? と朔夜は問い返す。陽は言いかけてその先を言うかどうか迷っているようで。
「君は、自分がどれだけ強い力を持っているのかをわかっていない。これからは不用意に名など与えるんじゃない。だが······今回だけは礼を言う。おかげで……奴は、」
いや、なんでもないと陽は再び無言になる。しかしその表情はどこかほっとしたような安堵の色を浮かべていて。そんな彼の意外な一面を見た朔夜は、なんだか複雑な気持ちになるのだった。


