あの日、君は黄昏空の下で微笑んだ。



 朔夜が指さした方向をふたりがゆっくりと振り向く。そこに集まって来ていた者たちに対して、それぞれの反応はこうだった。

「ああ。まあそういうことだ」
「さて、どうしようかなぁ。禍神(あのこ)に見つかったら面倒なんだよね〜」
「って⁉︎ 呑気がすぎる!」

 もはやホラー映画さながらの光景で、目の前には顔面ブラックホールの禍人(まがびと)の皆さんがわらわらと集合し始めていて。遠目でぱっと見た感じでも五、六体はいる。先程まで笑ったり呻いていたくせに、今は無言すぎて逆に怖かった。しかも奴らのいる場所は、窓の外の赤い空の影響を受けているせいで余計に不気味さを増していた。

「これ以上増えられるとさすがに厄介だ。さっさと逃げるぞ」

 (はる)は言うや否や朔夜の手を引いて駆け出す。突然走り出したせいで躓きそうになりながら、朔夜もなんとかついて行く。その後ろをカバーするかのように紙袋兄さんが高速スキップしながらついて来る。

 ツッコミどころ満載だったが、とにかく今は逃げないと! と朔夜は前を走る陽の背を見つめる。余計なことは考えず、ふたりの言う通りにするのが一番だとわかっている。だけど、どうしたって考えてしまう。

 階段の少し手前まで迫っていた禍人たちをなんとか躱して、駆け下りる。こんな猛スピードで階段を下りたことなどないというほどに、とにかく必死に足を動かす。その横の手すりを楽しげに滑り落ちて追い抜いて行く紙袋兄さん。

 思わず「ずるい!」といいたくなったが、良い子は絶対に真似しちゃダメなやつ! 

(あのひと自由すぎるんだけどっ⁉︎)

 手すりの途切れた踊り場に見事に着地し、こっちこっち〜と手招きをする余裕もある。

「出口は?」

 陽が呆れ半分で、手招きしている紙袋兄さんに訊ねる。踊り場で合流し、そのまま通り過ぎて階段を下りきる。再び後ろについた紙袋兄さんは、あっちだよ、と正面玄関のある方を指差した。

 だがその奥には禍人が三体ほど廊下を塞いでおり、こちらに気付くと真っ直ぐに向かってくるのが見えた。階段の方からも複数の足音が響いている。これは強行突破しかなさそうだ。

「けど、ここでひとつ問題が、」
「なんだ? さっさと言え」

 ぞろぞろと集まってくる禍人たち。ゆっくりだが確実に追い詰められている。なぜなら逃げ場は限られており、廊下も基本的に一本道なのだ。数の暴力で迫られてはこちらが不利に決まっている。

「あの正面の扉、なぜか開かないんだよね〜」
「はあ⁉︎ じゃあどうやってここから出るんだよっ」

 それにはさすがに朔夜もツッコまずにはいられなかった。なんのためにここに逃げてきたのかわからない。こうしている間にも逃げ場がどんどん(せば)まっていく。この校舎中の禍人たちが集まって来ているのだろう。じわじわと無言で歩み寄ってくる奴らを前に、焦らない方がおかしい。

「それは……僕にもわかんないや」

 なにしに来たんだ、このひとは……。

 紙袋で隠れているが、その裏でどんな顔をしているかわかるような言い方で「あはは〜」と笑っている紙袋兄さん。

「いつもなら出入り自由なはずなんだけどね。僕が入った時に閉まっちゃったみたいで。今なら開いてるかな〜って思ったんだけど、残念」

 ぽりぽりと紙袋の上から頬をかいて、うーんと首を傾げる。それを聞いて、原因=紙袋兄さんの図が朔夜の頭に浮かんだのは言うまでもない。

「……さて、どうしたものか」
「なんでふたりしてそんなに余裕なんだ⁉︎ めちゃくちゃピンチなんだけど!」

 気付けば三人を囲むように、十数体もの禍人たちがその深淵をこちらに向けて待機していた。