紙袋兄さん(仮)は、その紙袋の奥で小さく笑ったような気がした。なぜこのタイミングで現れたのか。どうして陽は平静なのか。驚いているのは自分だけ? 朔夜は呆然としたままふたりの様子を観察する。
ちなみに前に会った時は、ウサギの被り物をしていた。テーマパークのマスコットの頭だけ〜という、ある意味トラウマだった。当然、出遭った瞬間泣いた。
「このピアノ、ついこの間来た子が弾いてるんだよね。友だちも後から合流したみたいで、ふたりでいつも楽しそうにしてるみたい」
音色を聴きながら扉を指さして、お兄さんがそっと耳元で囁く。
「あと、これ。そこの踊り場に落ちてたよ。制服が似てるから君と同じ学校の子かもね」
え? と朔夜は首を傾げつつ、差し出されたそれを無意識に受け取った。そこには見慣れた生徒手帳が。開いてみれば女子生徒の写真と名前が目に入り、色々と繋がっていく。さっきの話が本当だとしたら、この先にいる子たちは……。
「えっと……お兄さんも、禍人?」
だからそんな被り物をしているのかな、となんとなく察する。でも他の禍人たちとは違う存在。そういうことだろうか。
「僕? まあ、そうだともそうでないともいえない、かな? かといって人間でもないから、君たちでいうところの怪異? みたいなやつかなぁ」
つまり、とりあえずは別物ということだろうか。
「このセカイの異端なる者。禍に染まらない変異体。変人」
「ひど〜。君がいくら僕のマブダチだからって、そんな風に言わなくても〜」
温度差がすごいな、このふたり。
マブダチってなに?
朔夜は自分が訊ねたひと言で様々な情報を得たが、結果、よくわかっていなかった。とにかくふたりは昔からの知り合いで、仲良しってことで合ってるだろうか?
(そうなると、ますますハル先輩の正体が気になるんだけど……、)
ふたりが話している間、朔夜はやることがなかったので、そっと白い扉に手をかけ数センチだけ隙間程度に開けて、音楽室の中を覗き見る。
そこには楽しそうにピアノを弾いている、同じ高校の制服を着た三つ編みの女子と、そのすぐ横で音楽に合わせて自由に踊っているショートボブの女子がいた。確かにふたりは仲が良さそうだし、なにより楽しそうだった。
(禍人って、実は俺たち人間とそんなに変わらないんじゃ?)
しかし朔夜は知っていた。禍人と呼ばれている彼ら彼女らが豹変する瞬間があることを。
(とりあえず、神隠し事件はこれで解決ってことか。依頼主は友だちとこの裏側のセカイで再会できて、これからもずっと一緒ってことだよな?)
誰もふたりのことを憶えていないなら、元のセカイに戻ったところで居場所はないのかもしれない。それとも戻ったらみんなの認識も変わる? そういえば自分たちの場合はどうなっているのだろう。
「ピアノは彼女のアイデンティティ。彼女の邪魔をする者はここにはいない」
「じゃあ、徘徊してるひとたちはどういう理由で同じ場所をぐるぐるしてるんだ?」
アイデンティティとか言われると、あの行動も彼らにとっては意味がある?
「ああ、彼らは単純に君たちみたいに染まっていない人間を捜して、禍神のところに連れて行こうとしているだけさ」
紙袋兄さんは軽い口調でそう言っていたが、朔夜は引きつった表情で苦笑いを浮かべながら、
「あれって、つまりはそいういこと?」
と、ある場所を指さした。


