ふたりはピアノの音がする二階へと向かうことにした。このなんの変化もない異界に訪れた、最初の異変だったからだ。校舎の中を徘徊している奴らに気付かれる危険もあったが、どういうわけか奴らはこの音に反応していないようだった。
二階に着いたふたりは、廊下を徘徊しているスーツ姿のサラリーマン風の男に遭遇した。深淵に覆われた顔はなにを考えているかまったく予測できない。聞こえているはずのピアノの音がする方に行くのかと思えば、くるりと踵を返して別の教室の方へと歩いて行った。男が入って行ったのは職員室。それを確認した後、ゆっくりと足音を立てないように廊下の突き当りまで一気に進んだ。
「禍人は裏側に取り込まれる前にやっていたことや、特定の行動をし続ける。禍はそうやって願いを叶えてやることで、人間をここに留まらせようとするんだ。侵蝕されるまでの期間は人それぞれだが、完全に取り込まれてしまえば元のセカイには戻れない」
「取り込まれたら、終わりってこと?」
木造の壁に背をつけ、朔夜は扉の奥の方から時折聞こえてくる、女子たちの笑い声を耳にする。それ以外はなにを言っているのかまったく聞き取れなかったが、普通の女子の会話のような雰囲気だ。
「それは……、」
「禍が寂しがり屋さんだからだよ」
「へー…………って、むぐっ⁉︎」
しー、と背後に現れた誰かに口を塞がれ、朔夜は大声を出す前になんとか止まった。ジタバタと自由のきく手足を動かしながら抵抗していたのだが、
「落ち着け。大丈夫だ」
と、陽が冷静に宥める。朔夜はその言葉を聞いてピタッと動きを止め、ゆっくり自分の口を塞いでいる犯人を確かめようと視線を斜め右に向けた。
そこにいたのは、茶色い紙袋を被った、自分たちと同じくらいの体格の少年? だった。どちらかといえば陽に近いが、被っている紙袋のせいか少し背が高く感じる。
「遅いぞ、」
「ごめん、ごめん。少し離れた場所にいたもんだから、気付くのが遅れたんだ」
「あ、えっと、もしかして、」
あの時はまだ幼かったのでお兄さんで間違いなかったが、今こうして対峙してみれば中学生か高校生くらいだったのだと思い知る。顔が見えないから断定はできないが、着ているのは夏用の制服だった。白い半袖シャツと黒色のズボン。自分たちと同じ制服。半袖シャツの胸元に校章が付いているので間違いないだろう。
「あの時、助けてくれたお兄さん?」
紙袋にはふたつ穴が空いていて、視界を確保するためだとわかる。つまり、このお兄さんは禍人ではない? 後ろに立つその少年は、あの時とまったく変わっていないように思える。
「まあ、そうともいえる、かな?」
朔夜はなにがなんだが整理しきれないまま、目の前の状況に対して理解するまで時間が必要だった。


