いつまでもここにいても仕方がない。陽はそう言って教卓の下から這い出た。その間も朔夜の手は握られたままで……これはなにか意味があって、こうしているのだろうかと考えてしまう。
自分が何者かは、今の段階では明かす気がなさそうだ。まあ、会って数時間しか経っていないただの人間を信用するほど、お人好しではないのだろう。
「とりあえずこの校舎を探索して、それから今後のことを考える」
「……とはいっても、あいつらに見つかったら色々と面倒なんじゃ?」
うろ覚えだが、奴らは後ろ姿こそ普通の人間と変わらないが、正面から見たらぞっとするような姿だったはず。あちらからなにかしてくるわけではないが、意思はあるとあの時のお兄さんも言っていた。
「俺、小さい頃に一回ここに来たことがあって。その時に変な被り物をしたお兄さん? に助けてもらったんだよなぁ」
「……そうか。子どもが異界に迷い込んで元のセカイに戻れる確率は大人よりは高い。無垢で純粋な子どもは禍に心を奪われにくいからな」
禍《わざわい》。
この地は遥か昔、災いを齎す神、禍神に目を付けられた。禍は一度封じられたが、十数年前に再びこの地に放たれている。原因は裏山の土砂災害。そこには禍神を封じ抑えるために、この地の土地神の御神体を祀った神社があったが、禍が封印されたおかげでいつしか災害は起こらなくなり、この数百年の間にとっくに忘れ去られた存在だった。
「その禍って、いったいなんなんだ? 悪いモノってだけはなんとなくわかるんだけど。この異界はそれが原因ってこと?」
「君には関係のないことだ」
「いやいや、今更隠されても気になっちゃうじゃん! 眠れなくなるやつ!」
「知ったところで、意味がない」
「それは俺が決めることであって、ハル先輩が決めることじゃないでしょ」
極めて明るく言った朔夜に対して、陽は当然の如く無言になる。
「まあ、今じゃなくてもいいからさ。ハル先輩が抱えてること、俺にも教えてよ。なんの役にも立たないかもだけど、これもなにかの縁ってやつ?」
無言でなにか考え込んでいる陽に対して、にっと朔夜は笑った。それを目にした陽は、珍しいものでも見ているような表情でこちらをじっと見つめ、それから口元をふっと緩めた。
「本当におかしな子だな、君は」
「もうなんだよ〜。変な子の次はおかしな子って……そりゃ、ふつーではないけどさ。それなりに悩みだってあるんだからな?」
どうにかして視えないようにならないか、とか。
みのりたちにバレないようにしないと、とか。
オカルト探求部で"オカルトを必死に否定し続けるキャラ"をいつまで続けるか、とか?
「……無事にここから出られたら、考えておく」
「よっし! じゃあ気合い入れて探す!」
静かに、と陽はいつの間にかいつものポーカーフェイスに戻っていた。
そんな中ある場所を通りかかった時、突然ピアノの音色が聞こえて来た。それはこの景色とは真逆の音色で。その美しい旋律は警鐘でも鳴らすかのように校舎全体に響きわたる。ふたりは顔を見合わせてほぼ同時に頷くと、音が聞こえてくる二階へと続く階段の方に爪先を向けた。


