少女は焦る気持ちと底知れぬ不安を抱いたまま、薄暗い校舎の中を彷徨う。自分がいた校舎とは間取りも違うようで、どこになんの教室があるのかもわからない。胸の辺りを右手で握りしめながら、ぎしぎしと軋む廊下を進んでいく。一階はだいたい探索し終えていて、何度かあのバケモノとも遭遇したが、その度に身を隠してやり過ごした。
(……あのバケモノたち、目が悪いのかも?)
さっき一度だけ至近距離で遭遇したが、悲鳴をあげそうになった口を塞いでじっとしていたら、少し警戒した後に通り過ぎて行ったのだ。顔があんな風になっているから? 目も鼻も口もない。あの渦巻いている深淵はなんなのだろう。
それなりの時間ここにいるせいか、だんだんとこの景色にも慣れてしまった。歩き回っているのに緊張しているせいかまったく疲れを感じない。お腹も空かないし、喉も渇かないのだ。だからだろうか、あまり現実味がない。あのバケモノたちも不気味で恐ろしいが、何度か目撃したり遭遇したせいで感覚が薄れている。
(見た目はすごく怖いけど……ただ歩き回っているだけで、ゾンビ映画みたいに急に襲ってくるとかでもなさそう。まるでここで普通に生活してるみたいにも見えるし、)
足取りは決して軽くはないけれど、唯一の希望が少女を強くした。足元に咲く彼岸花。実際見るのは初めてで、あまりいい印象はない。二階へと続く階段を一段ずつ気を付けながら上って行く。廊下とは違い意外としっかりしているようだ。踊り場のあたりに来たところで、上の方からピアノの音が聞こえてきた。
その音色には憶えがあった。
少女は思わず残りの階段を駆け上がる。
(……この曲、)
友だちの舞香がよく弾いていた曲だった。クラッシックはあまり詳しくないが、彼女が弾くその曲だけは知っていた。ピアノがすごく上手で、ピアノを弾いている時は普段の大人しい印象ががらりと変わるのだ。小さい頃からずっと続けているのだと言っていた。
花澤舞香。中学になってからの友だち。この町は小学校が三つあり、中学校はひとつだけ。高校もひとつしかなく、大体の生徒は市内の方の高校に進学する。舞香とは中学生活の三年間、ずっと同じクラスだった。成績も同じくらいのふたり。高校に入ってからもいつも一緒だった。
それなのに。
(舞香ちゃん、やっぱりここにいるの? あのこっくりさんは舞香ちゃん?)
こっくりさんで呼ばれるのは動物霊という噂だったが、人間の霊もあり得るのだろうか。
『ともだちにあいたい』
あの時、自分の指を動かして綴られた言葉。
(私も逢いたいよ……!)
自分も生きているのだから、きっと彼女も生きているはずだ。なんの根拠もない自信が少女の中にはあった。ピアノの音に誘われるように音楽室の前まで来た。廊下の一番奥。震える指先で扉に手をかける。ゆっくりと横に開いていく白い扉。ここの廊下は途中から壁と扉だけだったので、淀んだ赤い空の色が映ることはない。ただ薄暗く、そこに心地の好い音が響いていた。バケモノたちの姿もない。ピアノの音には興味がないのかもしれない。
教室の中には黒いグランドピアノが一台。壁には色褪せて破れた、音楽家たちの肖像画が飾られている。机や椅子は綺麗に並べられていて、他の教室のように乱雑に置かれているわけでもなく、まるで別空間のようにも思えた。
赤く染まった音楽室。影になっている部分はどこまでも暗い。ピアノの周りはライトでも当たっているかのように、際立って見える。
ゆっくりと。
一歩。
また一歩。
鳴り止まない音楽は一番の盛り上がりの部分へと差し掛かっている。年季の入ったピアノなのに、調律はしっかりとしていて。素人の耳でも狂った音のひとつもないように思えた。
「……やっと、みつけた」
その姿を目にした時、少女の顔に自然と笑みが浮かんだ。


