ずる……ずる……ずる……。
ふふふ……ふふ……ふふふふ……。
ヒャヒャヒャ! ヒャヒャ!
少女は耳を塞いでぎゅっと瞼を閉じる。放課後、教室にいたはずだった。気付いたら知らない場所にいた。学校ではあるが、ここは通い慣れた学校ではなかった。
木造の床や壁が所々朽ちていて、そこから覗く赤い花は綺麗なのに不気味でしょうがなかった。百合に似た赤い花。あれは、確か彼岸花という花だったような気がする。
教室の錆びたロッカーの中に隠れ、ほんの少しの隙間が今の少女の視界だ。時折、廊下の方から聞こえてくる音に怯えながら、遠ざかるのをじっと待つしかない。
息を殺してじっとしていた少女の耳に、建付けの悪くなった教室の重い扉を開けようとしている音がした。
ガタガタ。
ガタガタ。
その音はだんだんと大きくなっていき――――。
ガタン!!
扉が開き、ゆらりふらりとした足取りで教室の中へと身体を覗かせたそれは、乱れたままの机や椅子の隙間を歩き出す。だんだんとロッカーの方へと近づいてくる足音。しん、とした教室にやけに響く、裸足で歩いているかのような、音。
ぺたん。
ぺたん。
それが、狭く限られた視界に映った時。こちらの方を振り向いたその顔を目にした瞬間。心臓がどくんと身体の中で大きく鳴った。
(な……に、あれ……っ)
はっと、思わず口を両手で覆う。
ロッカーから数メートルしか離れていない、赤に染まった薄暗い不気味な教室の中を彷徨うそれは、到底同じ人間とは思えない姿だった。
身なりや体格からして中年男性だろうか。少し猫背なその後ろ姿や、短い髪の毛。所々汚れてほつれた服は、ゾンビ映画のようで。
しかし正面を向いた瞬間、そうではないとすぐに認識できる。その顔は深淵の如く真っ暗な穴が空いていて、鼻や目や口があるべき場所がぽっかりと大きな空洞になっていた。頭はあるが、顔がないというのが正しいのかもしれない。
その空洞の真ん中には闇が常にぐるぐると渦巻いていて、底のないブラックホールのようだった。
ゆったりとした足取りで徘徊する奴らに見つかったとしても逃げ切れるような気もするが、猛スピードで追って来ないとも限らない。
そんな少女の心配をよそに、しばらく巡回した後、そのバケモノはこちらに気付くことなく去って行った。足音が遠ざかって行くのを確認した後、少女は別の場所に移ることを決める。
(ここにいても身動きが取れないし……もしかしたらどこかに普通のひとがいるかも)
音を立てないようにロッカーの扉を開ける。どんなに気を付けても、錆びたロッカーはキィイと音がしてしまう。それでも最小限に抑えて少女は慎重に行動せざるを得ない。教室をぐるりと見回し、ここに来る直前までやっていた"あること"を思い出す。
(……こっくりさんをやったせいで、こんなことに? でもあの時、)
ここにいる、と。
うらがわにいる、と。
捜していた友だちが、ここにいるかもしれない?
(舞香ちゃんが、いるかもしれない……まさか、あのバケモノたちに捕まってないよね? 他の場所も捜してみないと)
目が覚めたらすべて夢、なんてオチは期待できそうもない。
だって、こんなにもリアルなのだ。
バケモノたちの声。ひんやりとした空気。
怖いけど、それでも。
あいたい。
逢いたい。
そしてもう一度、あの日の約束を交わそう。


