選ばれるはずのない姫でした― 期限をきられた恋と、騎士の真実 ―

「ただいま」

「おかえりなさい」

扉が閉まる音と同時に、いつも通りの言葉を交わす。

それだけで、張り詰めていた仕事の疲れが、すっとほどけた。

ダリアのまとう柔らかな空気に引き寄せられるように、自然と距離を詰める。

そのまま、軽く頬に口づけを落とした。

「……」

ダリアは何も言わず、ただ頬を赤く染めている。

その反応ひとつで、胸の奥が揺れる。

ダリアは、アディスにとって最上級の癒しであると同時に、気を抜けば、すぐに心を持っていかれてしまう存在だった。

さすがにここでそれ以上踏み込めば、せっかくの穏やかな時間が、別のものに変わってしまう。

アディスは小さく息を整え、意識を切り替える。

「変わったことはなかったか?」

そう声をかけると、ダリアは少しだけ表情を和らげて頷いた。

「あ、うん。大丈夫、いつも通りよ。アディスこそ、怪我とかしてない?」

その視線が、心配そうにアディスの体を確かめるように動く。

「大丈夫だ。今回は危険な任務じゃないと言っただろう?」

余計な不安を抱かせないよう、言葉を選ぶ。

実際、今回は和平を結んでいる隣国への使者としての役目だった。

緊張はあっても、命の危険を感じるような仕事ではない。

「そうだけど……」

ダリアは少しだけ不満そうに唇を尖らせる。

「でも、いつも同じようなことしか言わないじゃない」

そう言いながら、アディスへと手を差し出す。

アディスは苦笑して、手にしていたコートをその手に預けた。

「……分かっている」

短く答えてから、アリアに言われていたことを思い出す。

「そうだ。アリア様が、明後日の休息日に城へ来ないかとおっしゃっている」

「本当?」

ぱっと表情を明るくして、ダリアが身を乗り出す。

「行ってもいい?」

「ああ。楽しんでおいで。第五師団には、明日こちらから連絡しておく」

そう言うと、ダリアはほっとしたように微笑んだ。

「ありがとう。じゃあ、今から食事を用意してもらうから……リリア、お願いね」

そう言い残して、ダリアは寝室のほうへと足を向ける。

その後ろ姿を見送りながら、アディスは息をついた。

今日も、無事に帰ってこられた。

帰る場所が、確かにある。

それだけで、満たされていた。