選ばれるはずのない姫でした― 期限をきられた恋と、騎士の真実 ―

「それにしても――」

リリアは、先ほどアディスが出て行った扉のほうを見やりながら、苦笑まじりに言った。

「よく今まで、ダリア様へのお気持ちを隠していられましたよね」

その言葉に、私は一気に顔が熱くなる。

「そ、そんな……」

返す言葉に困っていると、私の様子が可笑しかったのか、リリアはとうとう耐えきれなくなったように、くすくすと笑い出した。

「ちょ、リリア、笑いすぎ……」

そう言うと、リリアは肩を震わせながら言った。

「すみません。でも、本当に」

まだ笑いを含んだ声で、リリアは続ける。

「姫様は、アディス様に溺愛されていますから」

「で、で……」

言いかけたところで、

「だって」

と、楽しそうに言葉を重ねられる。

「ご自身の報酬に、姫様の降嫁を望まれたんですよ? それに……」

少し間を置いて、にこりと笑う。

「あんなふうに、目の中に入れても痛くない、みたいな顔で見ていらしたら。誰が見ても、溺愛です」

溺愛、って……。

言いすぎじゃないか、と思ったはずなのに、最近のアディスの、あの優しい目を思い出して、何も言えなくなる。

そんな私を見て、リリアはますます楽しそうに微笑んでいた。

婚姻式までは、あと一週間。

派手な式にはしたくない、というのは、私とアディスの一致した意見だった。

……はずなのに。

お父様も、お母様も、それにアディスのお兄様まで、どういうわけかとても張り切っている。

気づけば準備はどんどん進み、とても「控えめ」とは言えない規模になっていた。

さすがにここまで来ると、もう止めようがない。

アディスと顔を見合わせて、どちらともなく苦笑してしまった。

私は料理のレパートリーを少しずつ増やし、洗濯や掃除も含めて、一応、家事全般をこなせるようになってきた。

もともと、こういう作業は嫌いじゃないのだと思う。

もっとも、アディスの屋敷には執事さんと、通いのメイドさんが三人いらっしゃるから、実際には分担して、という形になるのだろうけれど。

それに、リリアも通いで、アディスの屋敷に来てくれることになった。

準備は整っている。

それなのに、まだ実感が湧いていなかった。

今だって、少し触れられるだけでドキドキするのに、その先のことを考えると、気持ちが追いつかない。

それに――

これからのことを思うと、どうしても落ち着かなくなる。

一日で、アディスが私を妻にしたことを後悔するんじゃないか。

そんな考えが、ふと頭をよぎってしまう。

そんな不安を抱くたびに、私はアディスの言葉を思い出す。

「これまで通りでいいんですよ」

孤児院の仕事の話をしたとき、アディスは迷いなくそう言った。

「むしろ、今まで以上に続けてください。あなたが大切にしてきたことですから」

結婚を理由に、遠慮する必要はありません。

そう言われたことが、胸の奥に残っていた。

アディスの仕事は、国の危機に真っ先に対応する、命の危険と常に隣り合わせのものだ。

だからこそ、これからは、私が妻として、それを支えていかなければならない。

せめて、自宅では。

贅沢を言えば、私のそばにいるときだけでも。

少しでも、心が休まる場所を作ってあげられたら――。

そんなことを考えながら、私はまだ少し赤いまま、深く息を吸い込んだ。